上弦の月

転生

「ねぇ、飛鳥ちゃん、生まれ変わりって信じる?」
「何?急に」
 京羅樹の言葉に僕は本に落としていた目を上にあげる。
「何って、飛鳥ちゃんは生まれ変わりって信じるかなぁって」
 京羅樹は何を言いたいのだろう。訳がわからない。
「うまれかわり…」
 そう言った時、京羅樹の手の内にあるものが目に入った。茶色のカバー。
「……国語辞典?」
「ん?ああ、そう、国語辞典」
 京羅樹がわざわざ国語辞典を持ち上げてくれる。
「国語辞典って、意外に面白くてさ。ちょっと眺めてたら興味深い言葉とか発見しちゃって」
「興味深い言葉?」
 そう言うと、京羅樹がここ、ここと開いたページを指差す。
「なになに。s・e……」
 一瞬の内に顔に朱がのぼる。
「な、何考えてんだ、お前は!!」
「うわっ!」
 僕の渾身の一撃を京羅樹はよけやがった。叫んだのがいけなかったか。
「何……って、少しは飛鳥ちゃんと……って、箒持ったら危ないって」
「問答無用!!」
 またとんでもない事を言う前に沈めるに限る。が、箒での攻撃もよけられる。すばしっこい奴め。
「うわああ、タンマ、タンマ。さ、さっきのは冗談で、本当に見てたのはこっち!」
「ん?」
 眼前に開かれたページが目に入る。さっきと違うページだ。てん、せい?
(それで最初の生まれ変わりの話ね)
 転生とは、生まれ変わるという意味の単語だ。
「わかってくれた?」
「…少しは」
「で、飛鳥ちゃんは生まれ変わりって信じる?」
 話が戻ってきた。うまれかわり。
「分からない」
「え、何で?」
「……だって、生まれ変わりって言ったって記憶を全部引き継ぐわけじゃないし」
 どっちかって言うと憶えてない方が圧倒的に多いし。
「ふうん。俺はね。生まれ変わりはあると思うのよ」
「また、どうして」
「だってそっちの方が夢があるでしょ」
 ……夢って。
「生まれ変わって飛鳥ちゃんを探し出してさりげなくプロポーズ?」
(何でプロポーズ…)
 男同士で不毛だと思うのだが。
「その前に生まれ変わったらお互いのこと憶えてないんじゃないの?」
「そんな事ないって。俺は絶対飛鳥ちゃんのこと憶えてるね」
「どうしてそんな事言える?」
「そりゃ、もちろん愛の力でしょ」
 また、何か戯れ言を言っている。やはり一回ぶっとばした方がいいか? それとも、紫上でも呼んできて頭から水をぶっかけるとか――こっちの方が殴るより成功率高いし、沸騰した頭も冷えるか。
「飛鳥ちゃん、ぼーっとしてると襲っちゃうよ?」
「うわ」
 耳に息を吹き込まれて我に返る。顔を向けると至近距離に京羅樹の顔がある。
「……離れろ」
 僕は箒の柄を使って京羅樹の体を突き放す。
「飛鳥ちゃん、それはないんじゃないの」
「そんな事はない」
 京羅樹を箒で牽制しながらきっぱり言う。視界の端で苦笑する京羅樹が見えた。
(まったく、油断も隙もあったもんじゃない)
 密かに溜め息をつく。耳のあたりがまだ気持ち悪い。
「ま、いいけど。いつかは“崇志愛してる”って言わせてあげるから」
「誰が言うかっ!!」

(作成日:2006.11.27)

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