上弦の月

棺桶

 それは、ある日の出来事だった。某宿屋にて。
「おーい、ゼフェルー!!」
「あ?何だよ、マルセル」
 駆け寄ってきたマルセルにゼフェルが疑問を返す。
「あのね、ゼフェル。何か宿の近くに棺桶みたいなのがあるんだけど、どう思う?」



「……いや、そんなこと聞かれても」
「だよね。だから、ランディも誘って三人で中見てみない?」
「どうしてそういう結果に行き着くのかが俺にはわからねえ」
 要するにあれだ。マルセルは棺桶の中が見てみたいのだが、一人では見るのが怖い(死体とか)ので俺を誘ってると……。
「ああ、で、何でそんなの見たいんだよ。棺桶」
「え?だって、昨日宿に入る前にはなかったじゃない」
「……」
 確かに……。昨日は宿の近くに棺桶なんてなかった。マルセルの言い様ではきっと目立つところにあるのだろうし。
「しゃあねぇな。行ってやるよ」
「ホント?!わーい。じゃ、ランディも誘ってくるね」
「あ、おい」
 行ってしまった。ゼフェルは、まったくと溜め息をつく。
「何、付き合ってるんだろ。俺も」
 仕方ないので宿の外に戻る。
「……ホントにあるし。棺桶」
 結構目立つ。確かに気にならないといったら嘘になるだろう、これは。
「あ、ゼフェル。お待たせ」
 宿からランディを伴ったマルセルが出てくる。
「うわ、本当に棺桶がある」
「だから、そう言ったでしょ」
「いや、またマルセルが何かを見間違ったのかと」
「非道い、ランディ」
「……で、開けないのか?」
 言い合い(いや、マルセルの一方的なものだろうが)になりそうだったので当初の目的を思い出させる。いつもだったら、俺とランディが言い合いを始めてマルセルが止めるのだが……。
 棺桶が開いていく。人の顔が見える。
「もしかして死体?!」
 マルセルの声に体が緊張する。が、
「……あ?」
「……あれ?」
 中の顔がはっきり見える頃に俺とランディが同時に声を上げた。見知った顔。
「何だ、クラヴィスさまか」
「何でこんなところにいるんだろ、クラヴィスさま」
「俺的には、どこからこの棺桶を持ってきたのかの方が気になるんだが」
 俺の疑問をランディとマルセルは軽く無視ってくれた。
「クラヴィスさま。朝ですよ」
「起きてください。クラヴィスさま」
 二人の声にクラヴィスはうっすらと目を開く。
「朝か……」
 そう言って棺桶からクラヴィスが身を起こす。
「うわああああ!!」
「な、な」
 あまりの出来事に俺たちは声を上げる。
「ん……?どうした……」
「き、」
 マルセルが言おうとして言葉を飲み込む。
「く、クラヴィスさま」
「……何だ」
「あ、あのですね」
 ランディもいいあぐねている。
「あー、何でおまえ、頭からきのこ生やしてるんだよ」
 俺は自分で言ってクラヴィスの頭を見る。頭の天辺からでっかいきのこが生えている。何で棺桶に寝ている時に見えなかったのかが不思議だ。
「……胞子でも飛んでいたのだろう」
「いや、そういう問題なのか?!」
 普通、胞子が飛んでいても人の頭にきのこが生えることなどありえない。いや、どうにかしたら生えるかもしれないが、こういう時は生えないだろう。
「ああ、そうなんですか」
「そうですよね。胞子くらい飛んでますね」
(……納得してやがるし……)
 たまにこの二人の感性が理解できない。セイランはもっと理解に苦しむが。
「そういや、昨日は騒がしき森の惑星に行ったからかな」
「暑いからなあ」
(暑さの問題なのか?!)
 特別真面目という気はないのだが(どっちかというと不真面目)、こういう時はまともな神経をしていると危ない。というか、疲れる。これは、
(逃げるに限る!!!)
 俺は、ゆっくりと後退さる。早く朝飯にありついてアンジェリークかルヴァかティムカあたりと無難な会話をしよう。ってか、ルヴァ。今日だけはどんな話でも聞くぞ、本気で。
 そう思って宿屋に向けて体を翻した時、
「ぶっ!」
 後ろから来ていた誰かとぶつかった。顔を上げる。輝くような金髪……。眉間によった皺…。
「げっ、ジュリアス!」
「げっ、ではない。ゼフェル」
 一段と眉に皺を寄せ、ジュリアスが言う。また厄介事が……。
「む。何だ、クラヴィス。そのきのこは」
 ジュリアスがクラヴィスの頭のきのこを見てさらに眉間に皺を寄せる。
「ふ、どうせ、胞子でも飛んでいたのだろう」
 クラヴィスはさっきと同じセリフを呟く。
「胞子が飛んでいたからと言って、人の頭にきのこが生えるわけがなかろう」
 ジュリアスがまともな事を言った。ちょっと、嬉しかったりもしたが、はっきり言ってこの場所から戦線離脱をさせて欲しい!
「む。お前と話していても埒があかない。  現状説明をしてくれ、ゼフェル」
「はあ?」
 何故、俺。
 この場には俺の他にもランディとかマルセルとかいんじゃねぇか!!!
「答えられないのか。さてはクラヴィスの味方についたか」
「何故、そうなるんだよ!!」
「言い訳は結構。第一、お前は普段から……」
「クラヴィス様、きのこどうするんですか?」
「私は眠る」
「お休みなさい、クラヴィス様」
 いや、寝かせるなよ、ランディ。止めろよ、マルセル。
 それとこんな往来で説教始めんなよ、ジュリアス。
 本当に誰かこの場所から俺を助けてくれ。
 アンジェリーク!ルヴァ!ティムカ!

(作成日:2006.09.10)

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