上弦の月

第9回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「ビリビリ」
紙でつながる君と僕

目の前に差し出された紙を認めて眉間に皺を寄せた。
何度見ようとも書いている文字は変わらないだろう。


『いつでもやれる券』


白い紙に太いはっきりとした文字で書かれている。
僕は紙の上で親指をあわせると思いっきりビリビリに破り捨てた。

「あああああああ!!!!」

そのさまを目の前で見ていた王馬くんが声をあげる。
うるさい事この上ない。

「何するの?!最原ちゃん。破り捨てるなんてひどいよ!
 最原ちゃんだって嬉しかったでしょう?」
「そんなことあるわけないだろう!」

何故、僕がこの券をもらって喜ぶと思えたのか。
僕は抗議を無視して『いつでもやれる券』の残骸をゴミ箱に捨てた。
王馬くんはゴミ箱を覗き込んでビリビリになった紙くずを名残惜しそうに眺めている。

「あああ、オレのお手製チケットがこんなにビリビリになっちゃって……」
「まったく……『いいものをあげる』っていう言葉を鵜呑みにするんじゃなかった」

いったい何なのだろう、とワクワクした僕のあの気持ちを返して欲しい。
王馬くんは、そんな僕の言葉に心外だ、というような顔をしてくる。

「いいものでしょ?夜はいっつもオレの都合でやっちゃってるじゃん?
 だから、最原ちゃんがムラムラしたときにこれを使ったら、オレが頑張って臨戦態勢を」
「おおっと、手が滑った!!」
「ぶおっふ!」

王馬くんめがけて赤松さん直伝の張り手を叩き込む。
腹部に綺麗に決まり、王馬くんはゴミ箱を巻き込みながら壁にぶつかった。
ビリビリになった紙も綺麗に舞う。

(あ、飛ばす方向間違えた)

紙吹雪を眺めながら自分の失態に米神を押さえる。
これは、掃除が大変になりそうだ。

「くっ、最原ちゃん、そんなに激しくしなくてもいいじゃない」
「君の言い方がいちいちおかしいんだよ」

今日はもう戯言に付き合う気力がなくなったので、王馬くんに背を向ける。

(……明日、久しぶりに休みが取れそうなのに……)

もしかしたら一緒に過ごせるかも、と期待していたのが馬鹿みたいに思えてきた。
そうだ、色々期待していたのだ。
それなのに、あの訳の分からない券のせいでその色々が吹っ飛んでしまった。

「ん?」

顔の横に王馬くんの手が突き出される。
そちらに視線を向けると、王馬くんの手にはまた紙が握られていた。

「これもいいものだよ、最原ちゃん」
「……君は嘘ばかりだから信用できないよ」
「は?さっきのだっていいものだったじゃんか」
「どうやら君とは価値観が違うみたいだ」

また、ろくでもないものだろうと思いつつも、今差し出されている紙の正体が気になった。
警戒しながら、王馬くんの手から紙を抜き取る。

「え?」

抜き取った紙は映画のチケットだった。
それも僕が以前から気になっていた映画だ。

(上映時間……明日……)
「ここしばらくお互い忙しくて出来てなかったもんね、デート」
「王馬くん」

思わず王馬くんの方を振り向く。
肩越しに見える彼はしてやったりという表情を浮かべていた。
こういうところが嫌いになれない。
現金なもので先ほどの所業もすべて許してしまえる気がした。

「明日は寝坊したらダメだよ、最原ちゃん」
「……君が起こしてくれたらいいだろう」
「わがままだなぁ、じゃあ、眠り姫にはキスを送ろう」

近づいてくる顔にゆっくりと目を閉じた。



(作成日:2017.08.30)

< NOVELへ戻る

上弦の月