上弦の月

第98回 王最版深夜の一本勝負
お題「イルミネーション」

 数日前から、いきなり寒くなってきた。クローゼットの中には、まだ冬物が少なく、休日前に整理してしまおうとしていた。

(半袖は今はいらないし、サンダルも奥にしまって……あ)

 しまっていたことも忘れていた帽子。クラスメイトに励まされて、勇気を出して脱いでからどれくらい経っただろう。それにしても、

(何だろう、これ)

 帽子に見覚えのないものが絡み付いていた。最近、街でよく見るものとそっくりだった。

(帽子に電飾を巻いた記憶は、ないな)

 わけが分からず、とりあえず帽子を回してみる。すると、いきなり電飾が光り出した。

「うわっ」
「ドッキリ大成功!」

 帽子を落としてしまったと同時に、部屋の扉が開いた。何事かと振り向いた先には、『ドッキリ成功』という看板を持った王馬くんがいた。何かの企画かと思って、王馬くんの背後に目を凝らすが、他の人はいないようだ。

「あ、何落としてるの、最原ちゃん! せっかく二人でイルミネーションを眺めるために用意したのに、台無しじゃん!」
「さっきはドッキリって言ってたよね?」

 相手の言い分にコメカミを押さえる。その間に、王馬くんは帽子を拾い上げて、僕の隣に並んだ。

「最原ちゃん、綺麗だね。こうして、二人っきりでイルミネーションを見られるなんて、とても嬉しいよ」

 王馬くんの言葉と一緒に、帽子の電飾が再び光り出した。なんだか、とても侘しい。

「えっと、王馬くん。普通に誘ってくれれば、イルミネーション見に行くよ?」
「2日前に普通に誘って断られたけど?」
「そ、それは、百田くんと先約があったからで……」

 先約を優先するのは当たり前のはずなのに、責めるように告げられると罪悪感が芽生える。

「じゃ、じゃあ、今度見に行こう。今はまだ予定ないし」
「今度の土曜日でも?」
「う、うん、いいよ」
「じゃあ、忘れないように予定入れてあげるね。寝坊しないように、アラームもいっぱい設定しておいてあげる」
「あ、ちょっと」

 いつの間にか奪われていたスマホを、勝手に操作される。変なことをされる前にと必死になって奪い返したが、スマホには既に色んな予定が設定済になっていた。

(《土曜日 彼ぴっぴとラブラブデート♥》。何てタイトルで入力してるんだよ)

 スケジュールの編集をすかさず押す。『彼ぴっぴ』という文字を消して『王馬くん』に変更した。次は、『♥』を。

「ほらほら最原ちゃん、ここだよここ」
「え?」

 耳元で大きな声を出されて、思わず顔をあげる。目線の先に、とても大きなイルミネーションが目に映った。

「すごい」
「そうでしょ」

 王馬くんが楽しそうに、こちらに向けたスマホを振る。画面の中にある光が左右に動いて緩やかな線を描いた。

「楽しみだよね。人は多いだろうけどさ、これを生で見ることができるんだよ」
「うん」
「寒いだろうから、少し厚めの格好できてね。オレが寒そうだと思ったら、ベッドに連れ込んで、最原ちゃんを全力であったかくしてあげるから」
「厚手のコートを用意しておくから平気だよ」

 王馬くんが、これもこれも、と他のイルミネーションも見せてくれる。そのどれもが、僕にとっては新鮮で心躍らせるものだった。
 王馬くんと過ごす日々は大変なことも多いけれど、こうやって僕を楽しませてくれようとする精神は、本当に嬉しい。土曜日が、とても楽しみだ。



 土曜日、『王馬くんとラブラブデート♥』の文字が浮かび上がるスマホに起こされた。……楽しませてくれよう精神なんて、信じない。



(作成日:2018.12.16)

< NOVELへ戻る

上弦の月