第96回 王最版深夜の一本勝負
お題「共犯」
(0、3、1)
ホテルの部屋番号と、メールで貰った番号を確認する。
(間違いない。この部屋だ)
軽く深呼吸をする。覚悟を決めて、扉を開いた。
シングルの狭い部屋。その部屋の半分を占めるベッドに、待ち合わせの相手が座っていた。
「今日も逃げずに来たんだ」
「……約束したからね」
王馬くんの前に立つ。僕は、そのまま左手の薬指から指輪を抜いた。
「にしし、こんなところで指輪をはずしちゃうなんて、最原ちゃんってば不義理だなー」
「……ここでは、ただの最原終一でいたいだけだ」
「ふーん。ま、オレは別にいいけどね」
王馬くんに腕をつかまれて引き寄せられる。僕は特に抵抗もせずに、彼の胸に身体を寄せた。
「最原ちゃん、こっち向いて」
「待って、んっ」
唇が重なる。絡まっていく舌に身体の芯が熱くなる。
熱に浮かされて目を閉じようとした瞬間、頬に金属の冷たさを感じた。ああ、これは、……指輪だ。
(王馬くんは、はずしてくれなかったのか)
毎回のことだから、分かってはいた。だけど、もしかしたら、今日こそははずしてくれているかもしれない、と淡い期待を抱いていた。期待は叶わず、その反動で見たこともない王馬くんの奥さんに、嫉妬と罪悪感が募る。
(それでも、この瞬間だけは王馬くんは僕のものだ)
たとえ、遊びだったとしても、王馬くんは僕とリスクしかない恋愛ゲームをすることを選んだ。僕たちは、ある意味、王馬くんの奥さんを裏切る共犯者だ。
「ちょっと、こっちに集中してくれない? 奥さんでも恋しくなっちゃった?」
「別に、そうじゃないよ」
「本当かなー?」
「……これは嘘じゃないよ」
これは、本当に嘘じゃない。嘘は、この指輪自身だった。探偵の仕事で、変に懸想されることを避けるため、パートナーがいることを装うためにつけ始めたのだ。
しかし、この指輪を見た王馬くんは、逆に積極的にアプローチをかけてきた。お互いが既婚者だと、後腐れがないと思ったのか。それとも、リスクが大きい方が好きなのか。王馬くんの考えていることは、分かるはずがないか。
「へー、じゃあ、どれが最原ちゃんの嘘なのかな?」
「だから、嘘なんてついてない、痛っ」
「ねぇ、最原ちゃん。オレが何も知らないとでも思ってる?」
左手の薬指に痛みが走った。見れば、王馬くんが、僕の指に噛み付いている。
「な、何を?」
「オレも最原ちゃんと一緒ってことだよ。そろそろ、この関係を続けるのもつまんない、と思ってさ。共犯者なら共犯者らしく、目印でもつけよっか」
噛んだ手を王馬くんがとる。僕の薬指には、綺麗な歯型が残っていた。その跡を覆い隠すように、肌の上を金属が通っていく。
「なん、で」
信じられなくて、声がうまく出ない。僕たちは、ある人を裏切る共犯者だと思っていた。だけど、その人の存在が架空のものだとしたら?
左手を持ち上げる。僕の薬指には、王馬くんの指にあるものとそっくりの指輪が光っていた。
(作成日:2018.12.02)