第95回 王最版深夜の一本勝負
お題「密室脱出」
(ここも何もないか)
もう一度、壁を叩いてみるが、特に反響もしない。何の収穫もなく、軽くため息をつく。
「最原ちゃん、こっちも何もないみたい」
反対の壁を捜索していた王馬くんが声をかけてくる。予想通り、何もなかったみたいだ。
ここは、六畳くらいの狭いワンルーム。部屋の中にはベッドしかなく、扉には鍵がかかっていた。完全な密室だ。
(どうしよう)
脱出への手がかりもなく、王馬くんと二人きり。横目で王馬くんを確認する。普段とまったく様子が変わらなかった。その様に少し苛立ちを覚える。
(なんでそっちがいつも通りなんだよ)
昨日、僕は王馬くんに告白されたばかりだった。自分の気持ちも分からず、答えを保留にしてもらったのだが、起きたらこの状態だ。
ベッドで目覚めたら、目の前には王馬くんがいて、見渡せば知らない部屋。最初は、王馬くんの犯行かと疑ってしまった。
『なーはっはっは。お困りのようだね、お二人さん』
「モノクマ!?」
スピーカーなんて見当たらないのに、聞き慣れた声が部屋にこだまする。
『恋愛バラエティに新しい刺激を! 題して【○○しないと出られない部屋】だよ! さて、最原くんと王馬くんに与えられたお題はこちら!』
モノクマの掛け声と同時に扉の上にパネルが出てきた。
【キスしないと出られない部屋】
「き、す?」
じっとりと手に汗をかく。王馬くんとキス。王馬くんと、キス。
『見ての通り、部屋には隠し通路もなくて、扉はピッキングできない特殊性のもの。二人は心ゆくまで、どっぷりキッスしちゃってください!』
「悪趣味!」
『なんとでも! さぁ、チッスチッス!』
目の前で王馬くんがため息を吐く。
「仕方ないか。最原ちゃんとは、もっと違う形でキスしたかったけど」
「き、す……」
「そんな緊張しなくても、ちょっと皮膚が触れ合うだけだってば。猫にでも舐められたと思ったらいいから」
「で、でも」
「……最原ちゃんがイヤなら、他の手段探すよ。きっと、どこかにキー坊を召還するスイッチとかあるって。頑張って探そうか!」
「あっ」
ここには、何のアイテムもないのに、王馬くんは再び捜索の体制に入った。僕が、躊躇したから。
唾を飲み込む。覚悟を決めろ。キスが何だよ、ただ皮膚が触れ合うだけだ。
「お、おおお王馬くん。キスしよう」
「え? 最原ちゃん、無理しなくてもいいんだよ?」
「む、無理じゃない」
「……わかった。じゃあ、そこのベッドに座って」
王馬くんに言われた通り、ベッドに座る。王馬くんの手が肩に乗った瞬間、固く目を瞑った。
「…………」
唇にかすかに王馬くんの息を感じる。あと少し、たぶん数センチ。それだけの距離が詰められれば、僕たちはキスをする。
鼓動が耳にまで響く中、額に熱を感じた。
「え?」
「ほら、モノクマ、キスしたよ!」
思わず目を開いて額を触る。わずかに湿っている気がした。
『はぁ? そんなのキスにカウントされるわけないでしょ?』
「どこにキスするかなんて言ってないじゃん。それとも、もう一回しろっての? ルールを後だしするなんて卑怯じゃない?」
『もう、仕方ないなぁ。今回だけだからね!』
扉の鍵が開いた。王馬くんが僕の額へ〝キス〟したから。
「ほら、最原ちゃん、行こう」
「う、うん」
王馬くんに腕を引っ張られて立ち上がる。無事に部屋を出られる。だというのに、胸の奥がもやもやとした。
「王馬くん」
「なに?」
振り向いた王馬くんの唇に、自分の唇を重ねた。
「は?」
「っ、先行くね!」
固まっている王馬くんを放って、扉を開ける。頬が熱い。衝動のままにしてしまったことに、自分でも自分の感情が分からなくなっていた。
「待って! 待って、最原ちゃん!」
背中から王馬くんの声が聞こえた。だけど、僕は止まることなく全速力で走り続けた。
(作成日:2018.11.25)