第93回 王最版深夜の一本勝負
お題「視線」
「ん?」
視線を感じて振り向いた。
左右に視線を走らせてみるが、普通の道が広がっているだけで人っ子一人いない。
(気のせいかな)
先日、ストーカー被害を受けている女性の依頼を受けたから、影響を受けたのかもしれない。
元の方向を向いて、再び歩き始める。しかし、数歩進んで、歩みを止めた。
(なんだろう、これ)
首の後ろがジリジリとする。誰かに見られている?
(どこから?)
先ほどの場所を、もう少し詳細に調査した方がいいだろうか? もしかしたら、見落としてしまっている証拠品があるかもしれない。
思考の闇に陥りそうになった瞬間、背後に人が立つ気配がした。思わず、振り返る。
「あっ」
「あ? ……何してるの、王馬くん」
僕の背後には、タッチしようとした格好で止まったままの王馬くんがいた。
「何って、最原ちゃんは知らないの? 〝最原ちゃんがころんだ〟ゲーム」
「僕は転んでなんかいない」
「最原ちゃんが、あっちを向いている間に近づいて、本人に気付かれずにタッチしたら勝ちなんだよ!」
「それ、〝だるまさんがころんだ〟……の亜種かな?」
「でも、今、最原ちゃんに気付かれちゃったから、オレの負けかー」
あーあ、と王馬くんはため息をこぼす。ため息をつきたいのは、こちらの方だった。
(じゃあ、さっき感じた視線も、全部王馬くんだったのか)
安心したと同時に、少しの違和感を感じた。王馬くんにしては、視線の種類が違うかったような……王馬くんならもっとこう、何ていうんだろう。
「……えいっ」
「うわっ!」
王馬くんに首に抱きつかれた。
「オレというものが目の前にいながら、別のことを考えるなんていい度胸だよね。そんな最原ちゃんには罰として、オレからの愛を受け取ってもらおっかな!」
「愛!?」
王馬くんの顔が近づいてくる。首をおさえられているから、動くこともままならない。
(愛、って、このまま、キスでもするつもり、なのか?)
唇に王馬くんの吐息を感じた。たまらずに目を閉じる。唇と唇が触れ合う、そう思った瞬間、身体を突き放された。
「えっ?」
「にしし、嘘だよー! あれ? 探偵さんってば本気にしちゃった? いやー、オレってば罪作りな男だね!」
「なっ」
「続きは、また、今度! 誰もいない二人っきりの時にやってあげるね」
王馬くんは、こちらに向かって大きく手を振るとどこかへ駆け出していった。みるみる小さくなっていく白い物体を、茫然と見送る。
「何だったんだ、一体」
首をさする。まだ、何だか首の後ろがジリジリとしていた。
後日、ゴシップ誌に載せられた《超高校級の総統と超高校級の探偵の熱愛発覚か!?》という記事に振り回されるのは別の話。
(作成日:2018.11.10)