上弦の月

第92回 王最版深夜の一本勝負
お題「手品」

(誰か、いる?)

 意識が浮上する。僕しかいないはずの僕の部屋で、他の人の気配がした。眠気にあらがって、身体を起こす。ぼんやりした視界の中、白い影がクローゼットを物色していた。

「……王馬くん、何してるの」
「おそよう、最原ちゃん。何って、見て分かんない? 寝坊助最原ちゃんのために、洗濯物を持ってきてあげたんだよ」
「そうなんだ」

 王馬くんの手元には、確かに衣類があるように見える。ピッキングして部屋に入ってきたことには問題があるけれど、洗濯物を持ってきてくれたのは純粋にありがたい。
 ふと、王馬くんが今持っているものが目に入った。それは、洗濯物には、まだ出していなかったはずの衣類に似ていた。

「王馬くん、それ」
「あっ、最原ちゃん最原ちゃん、今から手品を見せてあげるよ! オレ、新しい技を覚えたんだよ!」
「え? いきなりなに?」
「ここに一枚の布がある」

 王馬くんが、先ほど僕が目にとめた白黒の布を持ち上げる。

「これをクシャクシャにして、手の中におさめる。そして、1、2、えいっ!」

 王馬くんが手を開くと、先ほどの布は消えていた。タネも仕掛けもあるのだろうけれど、どうやったのかまるで検討がつかない。

「どう? すごいでしょ! じゃあ、オレは忙しいからこれで! ちゃんと起きるんだよ、最原ちゃん。ん?」

 逃げようとした王馬くんの服の裾を掴む。そして、僕は彼の前に手を差し出した。

「えっと、最原ちゃん、なに?」
「さっき手品に使ったの、返して」
「ええっ? ただの小道具じゃん。アイテムの一つ二つ気にしない方がいいよ」
「アイテムって……さっきの布、僕のパンツだよね?」

 あの白黒は、とても見覚えがあった。今の流れだと、あのパンツは王馬くんが、まだ持っているはずだ。

「……にしし」
「笑ってごまかさないで」
「そうだね、最原ちゃんの使用済みパンツは今オレが持ってるよ! そんなに返して欲しかったら、自分の手で見つけてみなよ!」
「あっ、待って」

 白い影が勢いよく、部屋を出て行く。僕も王馬くんを追いかけて、扉を開けた。
 朝の陽光が寝起きの目に痛く突き刺さる。

「いない」

 あたりを見渡しても、白い影は見当たらなかった。この一瞬でどこに消えてしまったのか。

「絶対、取り戻してやるからな」

 僕は自分のパンツを取り戻すことを心に決め、とりあえず着替えるために部屋に戻った。僕と王馬くんの戦いが、今始まる。


(作成日:2018.11.04)

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