上弦の月

第91回 王最版深夜の一本勝負
お題「呪い」

 朝起きたら、枕元に黒い花が置いてあった。

(またか)

 黒い花は、触れると固いプラスチックの冷たさを返してくれる。生きてはいない偽者の花。
 近くには、いつも通りメッセージカードが置かれてあった。

「『呪いの花をおひとつどうぞ』。……変わりはない、か」

 机の上に置いてある花瓶に花を挿す。この黒い花も、それなりの量になってきた。

「やっぱりこのままじゃいけないよな」

 いつかは飽きるかもしれない、と思って放置していたけれど、こうも飽きずに毎日続いていると答えないわけにはいかない。

(王馬くんは、僕が何も知らないと思ってるのかな)

 最近は、写真でネット検索ができる。枕元に置かれた花も最初の時に、ちゃんと調べておいた。“呪いの花”は、確かに間違いではない。だけど。
 黒い花を花瓶ごと持ち上げる。そのまま、部屋の出口に向かった。

「……いるんでしょ」

 外に向かって声をかける。しばらく待ってみたが、何も反応はなかった。
 そのまま扉を開く。誰もいない。

「…………」

 そして、扉の裏側をのぞく。そこで紫色の瞳と目が合った。

「あ、見つかっちゃった」
「はぁ、何やってるの」
「オレは悪の総統だからね! まっとうに表を歩けない時だってあるんだよ。寝坊助最原ちゃんには分からないことかもしれないけど」
「ああ、そう。そうだ、これ、キミに返すよ」

 適当にあしらいながら、持っていた花を王馬くんに差し出す。王馬くんは、黒い花を見つめたまま、花瓶に触れようとしない。

「……呪いの花を真正面からつき返そうだなんて、最原ちゃんも大胆だね! そんなことで呪詛返しができるわけないじゃん。どういうつもり?」
「どういうつもりって、……そうだな、これは僕からキミへの“呪い”だよ」
「……へー、そうなんだ。じゃあ、受け取らないわけにはいかないね」

 王馬くんが、花瓶を受け取ってくれる。その際に少し指先が触れ合って、一瞬しびれたような心地がした。

「にしし、これで最原ちゃんの呪いは完成しちゃったのかな?」
「さあ、まだ、実感はできないかな?」
「そう? じゃあ、今から最原ちゃんの部屋で、恋の呪いの味を堪能しようかな?」

 王馬くんの手が僕の目を覆う。暗闇が訪れる瞬間、視界の端で、偽物のクロユリが揺れるのが見えた。


(作成日:2018.10.28)

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