上弦の月

第87回 王最版深夜の一本勝負
お題「妖精」

(結構、時間かかっちゃったな)

 廊下から空を見上げる。窓越しに見える太陽は、だいぶ西に沈んでいた。いつもならば、百田くんと春川さんの三人でトレーニングをしている時間だ。

(きっと、今から二人のところに行っても間に合わないだろうな)

 遅かったら先に帰って、って言っておいて正解だった。

(本当は、こんなに時間をかける予定じゃなかったんだけどな)

 それもこれも今日の日直の相方である入間さんに逃げられてしまったのが、僕の敗因だ。日中は珍しく、ちゃんと仕事をしていたから油断した。そのせいで、二人でやるはずの作業を先ほどまで一人でこなしていたのだ。
 教室に辿り着くと、もう既に誰もいなかった。誰もいなかったが、代わりに僕の机の上に奇妙なものが乗っていた。

「何だ、コレ」

 インドカレー屋で似たようなものを見たことがある。確かグレイビーポットって名前だったか。あのルーが入った入れ物に蓋をしたような形をしていた。問題は、そのグレイビーポットの色だった。

「この柄……王馬くんだよな」

 思わずため息が漏れる。存在を主張してくるような白黒模様。市松模様のグレイビーポットなんて作るのは王馬くんくらいだろう。試しにポットを持ってみた。見た目から想像していたよりも、ズシリと重い。

「いったい何なんだ。……あれ? 蓋のところに文字が……『こすれ』」

 『こすれ』……これを擦ればいいのか? 僕は、指示通りにポットを擦ってみた。すると、ポットの先から白い霧が噴出した。そのまま眺めていると、霧はじょじょに薄くなる。霧が晴れた先、そこには、赤と紫が目立つド派手な衣装を着た王馬くんが立っていた。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん。やっほー、ランプの妖精だよ。お呼びかな、ご主人様? っていうか、おっそいよ、最原ちゃん。オレがどれだけ前からスタンバってたと思ってんの?」
「ええっ」

 僕が頼んだことでもないのに、なぜか詰られた。流石に理不尽だ。それに、妖精というよりは、ピエロみたいな格好してるし……この格好で教室にいたのか?

(そもそも、王馬くんはあの一瞬でどうやって現れて……あぁ、ホログラム?)

 よく見ると、王馬くんの身体が透けていた。おそらく王馬くん自身は別のところにいて、このランプ?の中にある機械で通信と投影を行っているんだろう。

「まぁ、いいや。無事に妖精を呼び出した最原ちゃんには、なんとお願い事を叶えてもらえる権利がもらえます! あ、お願いは三個までね。そして、三個叶え終わったら、最原ちゃんの命をオレがいただくから」
「それ、ただの悪魔じゃないか」

 契約と引き換えにお命ちょうだいって、妖精なんて可愛らしいものではない。

「何言ってるの? 悪魔じゃないよ! ほら、オレって性格から、妖精みたいなモンじゃない!」
「どこがだよ」

 どちらかと言えば、悪魔の所業の方が多い。今日だって、烏龍茶をすきやきキャラメルジュースに入れ替えていたじゃないか。

「ああ、そっか! いきなりお願い事を言え、なんて言われたから、最原ちゃんってば混乱して心にもないこと言っちゃったのかな? よし! じゃあ、オレが勝手に最原ちゃんのお願い事を予想して、いろいろ仕込んどいてあげるね! 安心してゆっくり帰っておいでよ」
「…………ねぇ、キミ、今どこにいるの?」

 《仕込んでおく》、《帰っておいで》。その言葉にイヤな予感がした。

「にしし、心配しなくても、ちゃーんと最原ちゃんのベッドを温めておいてあげるね!」
「僕の部屋で何してるの!?」
「さぁ? 自分の目で確かめてごらんよ! ほらほら、早く来ないとお願い事が勝手に叶っちゃって、最原ちゃんの純潔をオレに捧げなきゃいけなくなるかもよ?」
「何でそうなるんだよ!! くそっ、そこを動くなよ」

 僕は自室に向かって全速力で走り出す。後ろから、王馬くんの高笑いが聞こえた気がした。


(作成日:2018.09.30)

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