上弦の月

第84回 王最版深夜の一本勝負
お題「あいことば」

「ハッピーバースデートゥユー、ハッピーバーステーディア最原ちゃーん、ハッピーバースデートゥユー」

(普通だ)

 王馬くんの部屋で開催された、二人っきりの僕の誕生日パーティー。いつも雑然と散らかっていた部屋は飾り立てられ、机の上に並べられた料理も平均的なものだった。

(何か仕掛けてくると思ったのにな)

 王馬くんのことだから、そこかしこにサプライズと称したイタズラを仕掛けてくるのではないかと危惧していた。だから、部屋に入ったときも、料理を食べるときも、内心とても警戒していた。……何もなかったけれど。

(あとは、プレゼントぐらいかな)

「それじゃ、最原ちゃん。《あいことば》をどうぞ」
「え?」

 いきなりのフリに驚く。《合言葉》?

「…………《合言葉》って何の? そんな話してないよね?」
「えー、最原ちゃんが忘れてるだけだよ! そういう趣旨だったじゃん。最原ちゃんが《あいことば》を言って、それが正解ならオレからも《あいことば》を伝えるっていうさ」
「《合言葉》を《合言葉》で返す、ってどういうことだよ」

 とりあえず、今日の行動をいろいろ振り返ってみる。王馬くんの部屋に着いてからだ。
 出迎えてくれた王馬くんが頬にキスしてきて、そのまま部屋に入った。料理は既に並べられていて、二人でソファに並んで座る。僕が戸惑う姿を見るのが楽しかったのか、料理はすべて王馬くんが僕に食べさせるという形をとらされた。うん、特に《合言葉》につながりそうなものはない。

「そうだなー。ヒントはね、オレの言う《あいことば》は、《I ことば》って意味だよ。Iは、自分のIね」
「《I ことば》」

 自分の言葉? どういうことだ。

「……次の誕生日までの抱負でも言えばいいの?」
「そう、さすが最原ちゃん冴えてるね!」
「え、それでいいの? うーん、抱負、か」

 自分で言っておきながら、何だか腑に落ちない。一般的に使われる抱負じゃ、彼の合格ラインにはならない気がする。

(抱負って今後の決意とかそんなのだよね。探偵としてではなくて、別の切り口なら……)

 別に難しい言葉を使わなくてもいい。僕の言葉で伝えればいい。今、王馬くんに伝えたい僕の抱負を伝えればいいんだ。

「王馬くん、えっと、今日は僕のためにパーティーを開いてくれてありがとう。一年後もこうやってキミに祝ってもらえるように……キミのそばにいれるように、頑張ろうと思う、よ」

 語尾に近くなるほど、声が小さくなる。こんなの本当に柄じゃない。恥ずかしすぎて、穴があったら入りたかった。

「にしし、最原ちゃんせいかーい」

 王馬くんはとてもいい笑顔で僕に近寄ってきた。そのまま彼は耳元に口を寄せてくる。



「じゃあ、正解の最原ちゃんにお返し。オレからの《愛言葉》はね」



(作成日:2018.09.09)

< NOVELへ戻る

上弦の月