第82回 王最版深夜の一本勝負
お題「日焼け」
夏も終わりに向かい、陽射しも一時に比べると大分やわらかくなってきた。まだまだ暑いことに変わりはないが、夕方頃に涼しく感じる風は秋が近くにあることを予感させた。
腕を太陽にかざしてみる。特に何も対策はしていなかったにも関わらず、生白い。
(もう少し日に焼けてもいいよな)
数日前に見た天海くんを思い出す。海外から帰ってきた彼は、綺麗な小麦色に焼けていた。健康的に焼けた肌は、男らしさが増しているようで……少しうらやましい。
「おーい、最原ちゃーん」
「ん?」
聞き覚えのある声に呼ばれて振り返る。こちらに向かって、予想通りの人物が走ってくるのが見えた。――予想と反した肌色をして。
「え?」
「もう探しちゃったじゃん。最原ちゃんに会うためだけに、学校に来たってのに、無駄足に終わるところだったよ!」
「えっと、王馬くん。その肌、どうしたの?」
戯言は無視して、王馬くんの肌を指差す。昨日は僕と変わらないくらい白かった彼の肌は、今は黒い。小麦色なんてレベルじゃない。炭になる一歩手前のパンのようだ。
「ほら、すぐそこにサウナあるじゃん。そこでテッカテカに焼いてきたんだよね! どう? 一味違うオレに惚れ直した?」
「いや、サウナでは日焼けしないよね? そういう嘘はいいから」
「もう、そこは重要じゃないんだってば。オレに惚れ直したかどうかを聞いてるの!」
(面倒くさい)
不自然すぎて惚れ直す以前の問題だった。ただ、何も反応しないのも、それはそれで後で面倒なことになるのは目に見えている。
(仕方ないな)
軽くスキンシップでもすれば、大人しくなるだろう。そう思い、王馬くんの肌に手を伸ばす。と、ふっと王馬くんが横にずれた。
(……あれ?)
王馬くんを追いかけるように手を横にずらすと、今度は後ろに下がる。
「……ねぇ、何で逃げるの?」
「逃げてないよ。最原ちゃん、自意識過剰なんじゃない?」
「へぇ、そうなんだ」
言葉を紡ぎながらも、間髪いれずに手を伸ばす。だが、どれもすんでのところで躱され続ける。このままでは埒が明かない。
「あっ! あんなところに春川さんが!」
「えっ!?」
「つかまえた!」
気が逸れた王馬くんの腕を掴む。その瞬間、手のひらにドロッとしたものがついた。
「え?」
思わず、手を離して付着したものを確認する。……これは、靴墨、か?
「王馬くん?」
「……にしし」
「…………はぁ、何でこんなことしたか分からないけど、とりあえずお風呂行こうか」
今度こそ、王馬くんの腕をしっかり掴む。このまま放置しておくと、のちのちくっつかれた際に、どこが汚れるか分かったものじゃない。
「へぇ、まさかの最原ちゃんからお誘いされるなんて、……やっぱり日焼けしてた方が好きなんだ」
「は?」
不穏な言葉に手から力が抜ける。その手を逆につかまれた。イヤな予感がして振りほどこうとするが、予想以上に強い力で引きずられる。
「天海ちゃんよりイイ男だって、その身体にイヤって程、教えてあげるからね!」
「えっ? 何で天海くんが出てくるの? ちょっと、待ってっ、王馬くんっ!」
落ちかけた太陽の下で、僕の制止の声が響き渡った。
(作成日:2018.08.26)