上弦の月

第6回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「事件」
黒から始まる鬩ぎ合い

「は?」

僕はクローゼットの中から発見されたそれをつまむように持ち上げた。
その黒い物は僕のものじゃない。
同居人、もとい同棲中の王馬小吉のものでもありえない。

――ということは、だ。

(…………浮気だ)

僕は黒い女性物の下着を見つめながら唸る。

(……何回見ても女性物のパンツだ)

ショックが大きかったのか、無意味にパンツをためつすがめつ見てしまった。
何回見ても、女性用パンツだった。

(女性の忘れ物……なのかな。
 だとすると、その彼女が忘れるような行為を、この部屋で、王馬くんがした?)

この部屋―寝室―にあるツインベッドを見下ろす。
昨日僕と愛し合ったこのベッドの上で、彼は他の誰かを抱いたのだろうか?

(――っ)

急に胸が苦しくなり思わずツインベッドの上にダイブする。
痛む胸を抱えてゴロゴロとベッドの上を転がった。
しばらくして自分の行動にむなしくなって天井を見上げる形で止まった。

(何やってるんだ)

こんなことしたって今はいない彼女の痕跡を自分で上書きできるはずはないというのに。
少し落ち着こうと思い、視界を塞ごうと両手を持ち上げる。

(あ……)

右手にはまだ黒の女性用パンツが握られていた。

(これ……どうしよう)

「……え、そんなにパンツ嬉しかったの?」
「!!!!」

突然聞こえた覚えがありすぎる声に反応して勢いよく飛び起きた。

「お、お、お」
「おっはよー、最原ちゃん。
 いやー、ムッツリムッツリだとは思っていたけれど、まさかパンツひとつでベッドを転げまわるほど喜ぶなんて……オレびっくりだよ」

部屋の扉付近に王馬くんはいつもと変わらない様子で立っていた。

(浮気がバレた現場で何を平然としてるんだ!)

僕はイラッとして、勢いだけで王馬くんにパンツを突きつける。

「王馬くん、この……下着だけど」
「うん、そのパンツが何?」
「…………誰の?」
「オレのだけど?」
「そう君の……え、君の?」

予想と違う答えに思考が一瞬停止する。

(このパンツが王馬くんの?……履くの?)

頭の中でこのパンツを履いた王馬くんを妄想する。
……いや、ない。そもそも男にとっていろいろキツイだろう。前とか。
じゃあ、何でそんな嘘を?
それはもちろん浮気を隠しているに他ならないだろう。

「……王馬くん、僕に隠し事、してるでしょ?」

目に力を乗せて王馬くんを見る。
王馬くんは責められている立場だというのに、何故かいつもよりもテンションが上がっているように見える。
意味がわからない。

「にしし、確かに隠し事してたよ。
 でも、今、最原ちゃんが暴いちゃったね」
「!」
(やっぱり浮気―)

直前の台詞に心が揺らいだ瞬間、王馬くんは距離を詰めてくると僕の手からパンツを奪った。

「な……!」
「これさ、一目見た時にいいな、って思ったんだよね、嘘じゃないよ」
「………………え?」

浮気とは関連しなさそうな言葉を聞いて僕の動きが止まった。

「いろいろ試したけれど、こういうのは試してないじゃん?」
「……ちょっと待って意味がわからn「いやー、やっぱり最原ちゃんには黒が似合うよね!」

王馬くんは目を輝かせながら黒いブツを持ってこちらににじり寄ってきている。
その一連の台詞から僕は分かりたくもないことに気付いてしまった。

「王馬くん、落ち着こう。僕たちには冷静な話し合いが必要だ」
「何いってんの、オレは冷静だよ?
 最原ちゃんこそ落ち着こうか」
「いや、ちょっと、女性物は……待って、ねぇ、待って、待ってってば!!」
「いーや、待たないよ」

今宵の夜は、とても刺激的なものになりそうだった。



(作成日:2017.08.10)

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