上弦の月

第5回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「首を絞める」
首に巻きつく証

目の前に鎮座する物体に僕はくらくらした。
絞まるほどの力はかかっていないはずなのに、首に巻きつく紐に息苦しさを覚えた。

なぜ、僕はこんなことをしてしまったのだろう。
いやわかっている。今の僕は理解できている。
だから、自分の首を絞めている今この状況を回避する方法を必死で考えているのだから。

「………………くっ」

部屋の中を歩き回って頭を振り絞ったが、いい案は降ってこない。
ベッドの上にはこの真夏には不似合いな赤い服が置かれている。
いわゆる、そう、サンタの服というヤツだ。
別にサンタの服が悪いわけではない。
――このサンタの服というのがミニスカートでなければ。

(白銀さんが目を輝かせて渡してきた時点で普通のサンタクロースの服じゃないと何故気付けなかったんだ。
 いや、少しは不思議に思ったんだ。
 この暑い季節にサンタコスなんて)

数時間前に行われた白銀さんとのやり取りを思い出す。

『王馬くんの家にお泊りするの?
 ならさならさ、いつもと違うことして距離をつめてみるってのはどう?
 かっこいい服着て首にリボン巻いて“プレゼントは僕だよ”的なさ!
 ちょっと地味だけど王馬くんが喜びそうな服もあるからさ』

恋人の部屋で初めてのお泊り。
だから、少々浮かれていたのは否定しない。
……いや、うん、大分頭が沸いていたんだ。
首にリボンを巻いたあたりから気付けよ……。

(よし、なかったことにしよう。
 すべてを灰燼に帰すべし!)

王馬くんは飲み物を取りにいっただけだから、すぐ戻ってきてしまう。
まずは服をベッドの下あたりに隠蔽して、それから首のリボンを――。

「最原ちゃーん、おまた、せ……」
「あ……」

部屋の扉が勢いよく開いて飲み物を持った王馬くんが入ってきた。
お互い彫像のように動かない。

(…………どうする、まだ、何も燃やせていない)

「……最原ちゃん、はい、飲み物」
「あ、ありがとう」

先に動いたのは王馬くんからだった。
僕は渡された紫色の物体を受け取る。
そのまま王馬くんから意識を逸らすためにプァンタに口付けた。

(…………リボンはずしたい)

液体を飲み込むたびに、首に巻いてしまったリボンの存在を意識せざるを得ない。
なぜ、蝶結びなんかにしてしまったのか。

「それで最原ちゃんは、サンタちゃんしてくれないの?」
「げほっごほっ」

懸命に意識を逸らそうとしていたのに、ぶっこまれた。

「な、ごほっ、いや、けほっ」
「そこまでしてくれてるのに、なにをそんなに焦っちゃってるのさ」
「いや、っ、そ、それは」

近づいてくる王馬くんから距離をとるように後ろに下がる。

「わざわざリボンまでかけてくれちゃっさ、多少は最原ちゃんも期待してたってことだよね?」
「いや、それは……」

そうだ、期待してなかったらこんなことはしない。

(最原ちゃん“も”……?)

後退した足がベッドに当たった。
そのままバランスを崩してベッドに尻餅をつく。
王馬くんは僕との距離をさらにつめベッドの上に膝を乗せた。
彼の体重でベッドがわずかに沈む。


「夜にはまだ早い時間だけど」


僕の首を絞めていた紐は、王馬くんの手によってほどかれていく。


「お互い期待してるならさ、遠慮せず、食べちゃうね」



(作成日:2017.08.03)

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