第40回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「静か」
ガラス越しの言葉
軽くため息をついて、持っていた小説を閉じた。自分しか存在しない部屋の中、やたらと時計の針の音が耳に入る。
(何だか静かだ)
持っていた小説を机の上に置いた。そんな些細な仕草だったというのに、本が机に重さをかけた音が部屋に響いた気がした。
こんな小さな音、いつもならば気にならない。騒々しい気配が近くにないだけで、こんなにも感じ方が違うのか。
(いたらいたで、うるさいだけなんだけどな)
いつも僕の周りをウロウロする彼を思い出す。一日一緒にいないだけでこうなるなんて、自分で思っていた以上に重症みたいだ。
感慨にふけりつつ、外を見る。――なぜか、窓に張り付いた王馬くんがそこにいた。
「うわっ!! え、なにしてるの?!」
思わず窓辺に近寄る。いつものニヤニヤとした笑みが目に入る。
『最原ちゃん』
声を出さずに口の動きだけで僕の名前を呼ぶと、王馬くんははーっと窓に息を吹きかけた。水蒸気で曇った窓に素早く指を走らせていく。
(え? えっと、“オレがいなくてさみしかった? オレの”……ああっ、消えるの早い)
読み終わる前に、白く曇っていた箇所が元の透明に戻っていく。最近は、そんなに寒くもないため、ガラスはあまり曇らない。しかも、左右逆になっているため、指の動きだけではどうにも文章を追いきれなかった。
まあ、最後にハートマークが描かれたことだけはわかったけれど。
「…………」
僕も窓に息を吹きかける。わざわざ王馬くんの身長より高い位置を曇らせて、指を走らせていった。そして、わざと最後にハートマークも描いてみる。指を窓から離すと、急激に自己嫌悪が襲ってきた。
(……何やってるんだ)
柄でもないことをやってしまった。何だか気恥ずかしくなって目を伏せる。王馬くんの顔が見れない。
バンッ!
「っ!」
ガラスが叩かれて大きな音を立てた。驚いて顔をあげたときには、窓の向こうに王馬くんの姿はなかった。代わりに玄関の方から、あわただしい足音が聞こえてくる。
うるさいキミが静かな部屋に入ってくるのは、きっともうすぐ。
(作成日:2018.04.18)