上弦の月

第39回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「昨日/明日」
昨日のキミと明日の僕

「ハロー、明日の最原ちゃん。元気?」

 通話ボタンを押した瞬間、耳元で明るい声が響く。いい加減、聞き慣れてきたフレーズに、僕は知らず知らずのうちに溜め息をこぼした。
 深夜0時過ぎ、毎日同じ時間帯につながる一本の電話。数か月会えていない僕の恋人からかかってくる、生存報告だ。

「あのさ、いい加減、その“明日の最原ちゃん”って言うのやめてくれない?」
「ええっ、何で? 別に嘘じゃないからいいじゃん。今こうやって通話している最原ちゃんは、オレにとっては明日の最原ちゃんなんだよ! 今のオレは、最原ちゃんにとって昨日のオレであるのと同様にさ」
「……ただの時差でしょ」

 今、王馬くんは日本を出て海の向こう……それもそれなりに時差がある国にいる、らしい。今日は王馬くんは日本より西にいるようだ。彼の背後から聞こえてくる日本語以外の言葉に、確かな距離を感じてしまう。

(英語……アメリカとかイギリスあたりかな。どこかで聞いたような鐘の音がしたし……)

 通話で得た情報を手帳に綴っていく。日本以外をあまり知らないから明確な場所は分からないけれど、少しでも王馬くんのことを知っておきたかった。機会を見て追いかけるために。

「それでさ、最原ちゃん。……ん?」
「どうかした? 王馬く」
『Hey! Can we take a picture?――』
「っ!」

 急に割り込んできた女性の声に、胸のうちでモヤが広がる。何やら返しているらしい王馬くんの声が遠い。

(何があった?)

 take a picture? 写真? でも、Weって。何で一緒に写真を撮る必要があるの?
 胸のうちのモヤが、黒い渦に変わっていく。僕にとって昨日の王馬くんに、彼女は今日会えている。恋人であるはずの僕が、何で今の王馬くんに会えないのだろう。

「ごめんごめん、お待たせ、最原ちゃん」
「王馬くんはさ、明日はどこに行くの?」
「んー? さぁ、どこだろうね? 明後日の最原ちゃんなら知ってるんじゃない?」
「…………」

 明後日の僕なら、王馬くんの居場所を突き止めているのだろうか? たとえ、分かったとして移動を繰り返す彼を追いかけるには時間がかかる。僕は今すぐにでも、王馬くんに会いたかった。

「ねぇ、王馬くん」
「ん? なに?」
「僕、もうそろそろ今日のキミに会いたいよ」

 電話の向こう側で、息を飲む音が聞こえた気がした。



(作成日:2018.04.04)

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