上弦の月

第38回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「飛ぶ」
どこまでも追いかけて

「見つけたっ!」
「あっ」

 見晴らしのいい山の上。ハンググライダーを装備して、今まさに地に向かって飛び立とうとしていた王馬くんを捕まえた。彼を捕まえて安堵したのと、伝えられた情報の差に苛立ちを覚えたのと、複雑な感情が相まって握った拳にギリギリと力が入る。

「さ、最原ちゃん、痛いよ」
「余計な心配をかけさせた罰だよ。何がとある事情だ。嘘をつくにしても、もっとマシなのにしろ」

 僕は、ポケットの中に今なお存在している書き置きを思い返した。

『愛しの最原ちゃんへ。
 オレはとある事情により海外に高飛びしようと思います。とある事情がバレちゃうと最原ちゃんにも危険が及ぶかもしれないから、何かは言わないでおくよ。じゃあ、また、どこかで会えたら。
 あなたの王馬小吉より。
 P.S. ヒントは裏ね!』

 探偵業から帰ってきて見つけた書き置きに肝が冷えた。もう会えないかもしれないと思い、必死で紙の裏に書いてあったヒントを紐解き、取るものもとりあえず飛行機に乗って飛んできたのだ。もうこんな思いはしたくない。

「王馬くんのせいで急いでたから、僕は今手持ちがないんだ。このままじゃ帰れないから原因であるキミが責任取ってよ」
「責任?」
「そう、キミが僕を家に送り届けるべきだろ」
「…………にしし」

 王馬くんが、愉快そうに口を歪める。自分でも恥ずかしいことを言ってしまった気がするので、そう含み笑いされるといたたまれない。

「責任、うんうん、いいよ。ちゃーんと責任取って最原ちゃんを家まで送ってあげるよ! 家と言わず、その先のベッドにまでご案内してあげるね」
「そこまで言ってないだろ、って、なに?」

 王馬くんがどこからか取り出したヘルメットを僕にかぶせた。そこから流れるように僕の身体に何かを装着していく。

「え、ちょ、ちょっと?」
「じゃあ、行くよ、最原ちゃん。ちゃーんと掴んでねー」
「え?」

 僕の手はハンググライダーの持ち手と王馬くんの腰に誘導されていた。まさか――。

「オレがちゃんと最原ちゃんのこと責任持って送ってあげるからね! 安心してオレと一緒に飛んじゃおう!」
「待って、待っ、うわああああ」

 ベルトにつながった身体が宙に浮いた。ハンググライダーは宙をすべり、空を飛んでいく。いきなりのことに、眼下に広がる広大な森に感動している暇もない。思わず手近にあった身体にしがみついてしまう。

「そうそう、そうやっていつでもオレを捕まえにきてよ。そういうの嫌いじゃないでしょ?」

 吹きすさぶ風の中に近くで聞きなれた声がそう呟いた気がした。



(作成日:2018.03.28)

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