上弦の月

第37回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「カフェ」
続きは帰ってから

空を見上げると月がかなり高い位置にあった。
気が付けば日付が変わる時刻。いくら明日も休みだからとは言っても、遅くなった自覚はあった。

今日は久しぶりに王馬くんとデートの日だった。
お互いに忙しく、こまめに連絡を取っていたとはいえ実際に会うのは数か月ぶりだった。
今日という日が終わるのが惜しくてギリギリまでファミレスにいたら、こんな時間になっていたのだ。

「あらら、電車もうないね」
「そうだね」

王馬くんと二人で覗き込んだ電光板には、次の電車の予定はもうない。

(どうしようかな、タクシーとか?)

ここから自分の家の距離を考えると、タクシーで帰るとなれば軽く万を超える計算になってしまう。
さすがにそれは遠慮したいし、……なによりも王馬くんと、まだ一緒にいたかった。
チラッと横目で王馬くんの様子をうかがう。
王馬くんは、頭に腕を回した状態であちらこちらをキョロキョロと見まわしている。

「王馬くん?」
「最原ちゃん、あそこいこっか!」
「あそこ?」

王馬くんが指差した方を見る。
黄色い文字がデカデカと主張するインターネットカフェの看板があった。



「えっと、ナイトパック6時間のカップルシートで」
(カップル)

その単語に顔に熱がのぼる。
どうどうとカップルという王馬くんに、嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちが胸の中を渦巻く。
そもそも、このインターネットカフェのメニューには『カップルシート』は存在しないというのに。

「え、えっと?」
「フラットでお願いします!」
「はい、フラットですね……えっと、はい、開いてます。
 31番の部屋になります」

店員さんから番号札を受け取り、途中でドリンクバーを経由しながら部屋に向かった。
ドリンクバーで汲んだコーヒーをしっかり持ちながら、王馬くんの横顔をうかがい見る。
隣に王馬くんがいるというだけで心があたたかくなった。

(まだ、あと6時間は一緒にいられる)

「オレたちの愛の巣に到着!」
「愛の巣じゃないでしょう」

王馬くんが意気揚々と扉を開ける。
奥の机に置かれたパソコン、平らで少し固そうな材質のシート、クッションが二つと、メニューの写真で見たままの部屋があった。
しかし

(せ、狭い)

部屋の幅は1メートルほどしかない気がする。
こんな中で二人で寝れるのだろうか。

「最原ちゃん? あがらないの?」
「あ、あがるよ」

入り口で靴を脱いで中にあがる。
今にも肩が当たりそうな位置に王馬くんがいた。

(ど、どど、どうしよう)

久しぶりに会う恋人と、こんな狭い場所で二人っきり。
熱を感じる距離にドギマギするな、というのは無理な話だった。
少し気持ちを落ち着けようと、持っていたコーヒーを一気に飲む。
……おいしいとはとても言い難い味が口の中に広がった。

「最原ちゃん、かけ布団あるよー。
 あれ? コーヒーもう飲んじゃったの? そんなにおいしかった?」
「ああ、うん、そうだね」

飲み終わったカップを机の上に置く。
この風味のないコーヒーをもう一度飲む気にはなれなかった。

「…………さいはーらちゃん!」
「え? うわっ」

布団をまとった王馬くんに勢いよく抱き着かれた。
そのまま後ろに倒れてしまい、押し倒された格好になってしまった。

「にしし、朝まで二人っきりだね、最原ちゃん」
「あ……」

首筋にキスが落とされる。
軽い接触だというのに、それだけで僕の身体は少し跳ねる。
少しずつ口づけは上にのぼってきて、息がかかるほどの距離にまでお互いの顔が近づいた。

「最原ちゃん」
「王馬、くん」

唇へのキスを求めて、ゆっくりと瞼を閉じた。
瞼を閉じていても、王馬くんの顔が近づいてくる気配を感じる。
と、ふいに王馬くんの唇とは違う感触が唇に押し当てられた。
思わず目を開くと、王馬くんの指が僕の唇に触れていた。

「止まらなくなっちゃうから、続きは帰ってから、ね?
 どうせ、明日も休みなんでしょ?」

高ぶった熱を持て余しながら、明日も一緒にいれる喜びに思わず王馬くんの身体に腕をまわした。



(作成日:2018.03.14)

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