第36回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「嵐」
嵐の中の一室
失態は、しばらくすれば雨足が弱くなるだろうと軽く考えてしまったことだろう。
僕は、図書室で推理小説を読んでいた。
貸出禁止の本だったため、天気が悪いと知りながらも居残りを決めてしまったのだ。
図書委員は雨を危惧して先に帰ってしまっており、広い図書室には無理を言って残った僕ひとりしかいなかった。
電気が消えたのはそのときだ。
「え……?」
停電。
天気が悪いため外も暗く、活字を読める状況ではなくなった。
一寸先すら容易には見えない。
(電源押したら再度電気がつくとかないか?)
そう思いたち、壁をつたって電源スイッチにたどり着く。
何回かスイッチを切り替えるが、頭上の電気はつきそうにない。
(どうしよう)
ここの部屋は電気で開く扉だったはずだ。
完全に電気系統が落ちてしまっているならば、外に出れない可能性もある。
もう一度、壁をつたい今度は扉にたどりついた。
「……開かない」
開錠のボタンを何回か押すが、まったくといっていいほど反応がない。
完全に閉じ込められてしまったようだった。
「……どうしよう」
「最原ちゃんっ!」
「うわっ!!」
背後から唐突にかけられた声に、飛び上がりそうになった。
「もう、そんなに大声出さなくてもよくない?」
「お、王馬くん」
振り返れば、よく知ったクラスメイトの姿があった。
彼の白い衣装は、暗い部屋の中でもわずかながら見える。
「いやー、本当にびっくりだよね!
図書室の奥で気持ちよく眠っていて、起きたら部屋が真っ暗になってるだなんてさ!
しかも、最原ちゃんとふたりっきり。
暗い密室にふたりっきりの状況なんて、何か間違いが起こってくれって言ってるようなものだよね!」
「あ、そう……」
いつもの王馬くんのテンションに、こめかみを押さえる。
何が気に入られたのか、王馬くんはことあるごとによく分からない口説き文句を僕に言ってくる。
おかげで毎度、頭が痛い。
その時だった。
外からの光に、図書室が一瞬白く染め上げられる。
時を置かずに空気をつんざく轟音が響いた。
「ひっ!」
雷に驚いた僕は、思わず手近なものに抱き着いてしまっていた。
「……最原ちゃんってば、意外に大胆だね」
「え? あっ、ちょ、ちょっと、どこ触ってるの! あうっ」
腰まわりに手を這わされ、変な声が漏れる。
「ええ? だって、最原ちゃんってば嬉々としてオレに抱き着いてくれるんだもん。
これは間違いを起こすしかないでしょ!」
「嬉々としてなんかない! ちょ」
首筋に湿った感触がして、思わず目を閉じる。
このまま間違いとやらに進んでしまうのだろうか。
王馬くんを掴む手に力が入った瞬間、目の奥をさす光を感じた。
瞼を開くと、図書室の電気がついていることが目に入った。
「あ、予備電源ついたみたいだね!
雨もちょっと弱くなったみたいだし、最原ちゃん、帰ろっか」
「え…………うん、そうだね」
手は腰を這うのをやめ、王馬くんは僕から身を離した。
早々に扉を出ていく王馬くんの後ろ姿を見ながら、胸のうちにモヤモヤがうずまく。
(…………顔が熱い)
僕は、王馬くんの過剰なスキンシップで熱くなった顔に手を当てる。
彼に追いつく前に、この熱が冷えていればいいと願った。
(作成日:2018.03.08)