第35回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「ダイス」
ダイスのお導き
『ええ、間違いありません。犯人はあなたです。
この桃色の脳細胞も衰えていませんよ。
これでも否定されるというならば、そうですね、あなたのその手のダイスの目を当ててあげましょう』
『ほぉ、そこまで言うのならば探偵さん。
あなたの言う通り、このダイスの目を当ててください。
六分の一……幸運の女神がどちらに微笑むか』
「最原ちゃん最原ちゃん、見て見て!」
「ん?」
急激にあらわれた騒々しい気配に思わず小説から顔をあげる。
見れば、僕の座っているソファの肘掛けに身を乗り上げている王馬くんがいた。
「な、なに?」
「じゃじゃーん!
最原ちゃんと一緒に遊ぼうと思って入手してきましたー!」
王馬くんが大げさな身振りで目の前に赤くて四角い物体を掲げる。
形的にサイコロのようだが、面には目が書かれておらず、代わりに二人の人型が絡み合っている図が……。
「はぁっ!!」
「ああああっ!!」
勢いのまま、王馬くんが持っていたものを弾き飛ばす。
「ひどいよ! 何するの?!」
「そのダイス、高校生が持っていいものじゃないよね?!」
「あれやそれも終わってるのに、こんなとこは初心なのはどうかと思うよ!
まったくさ、マンネリ化する恋人同士のあれやそれやを改善しようとした試みなのに、心が狭いよ」
ぶつくさいいながらも、王馬くんは新たなダイスを取り出してくる。
また、何か無体なことが書かれているのかもしれない。
「もうそんなに警戒しないでよ。
これもカップル専用のダイスだけどさ、さっきのよりは難易度数倍落ちるから」
そう言って、王馬くんは取り出した二つのダイスを掲げてくる。
白いダイスには、『LIPS』『NECK』、黒いダイスには『BLOW』『BITE』なんか書かれている。
「たまにはこういう趣向もいいでしょ?
オレたち、“恋人”、なんだからさ。
それとも最原ちゃんは、オレとこういうことするのイヤ?」
「う゛っ」
“恋人”という単語を押し出されると、少し弱い。
別に王馬くんとそういうことするのは……その、嫌いでもないのだ。
「で、ど、どうするの?」
「にしし、そうこなくっちゃ。
ルールは簡単だよ。この二つのダイスを振って出た言葉のことをするだけ。
白いダイスには場所。黒いダイスは行動。
あとはわかるよね?」
「まぁ……」
「じゃあ、オレから振るね」
王馬くんは何のためらいもなくダイスを振る。
ダイスには『EARS』『LICK』と書かれている。
(“EARS”は耳、“LICK”は確か……)
「ほら、耳出して」
「え、ひゃっ」
耳朶を湿った感触が這っていく。
王馬くんの舌は耳の外側をなぞり終わると、耳穴にまで侵入してくる。
「ま、待って、王馬くん」
「ダイス様の命令だからね、無理」
「あっ、んんっ」
舌は穴を軽く舐め、耳穴をたどっていく。
恥ずかしさで心臓が不規則な鼓動を打っている。
羞恥で死んでしまいそうだ。
「んっ、こんなもんかな。
ほら、最原ちゃんも振って」
「はっ、う、うん」
王馬くんにダイスを握らされる。
頭が正常に働いていない僕はうまく握りこめず、王馬くんの手が離れると同時にこぶしからダイスが零れ落ちた。
白と黒の立方体が床を転がっていく。
相対する色を持った四角が出した言葉は『LIPS』と『KISS』だった。
「うっ」
「おおっ、ナイスダイス様だね!
最原ちゃん、カモーン」
ダイスの言葉を見て、王馬くんが目を瞑る。
どう見ても、キス待ち顔だった。
(よ、よし)
震える腕を王馬くんの肩に乗せる。
別に初めてでもないし、大丈夫。
大丈夫だ、うん、何が大丈夫かは分からないけど。
意を決して王馬くんの唇に唇を重ねた。
そのまますぐに離れようとして――目の前から伸びてきた腕に退路を阻まれる。
「はっ、まっ、あ」
「ふっ、」
首を抑え込まれた状態で、口を割られる。
口内に侵入してきた舌は、慣れた動きで僕の中を荒らしていく。
息もつけない口づけに身体の力が抜けて、気が付けば天井を見上げる状態になっていた。
「にしし、ねぇ、最原ちゃん、こんなんじゃ全然足りないよね?
もっといけないことしようよ。
ダイス様のお導きの通りの、ね」
ソファの上に押し倒された僕は、王馬くんが放り投げた赤いダイスの軌跡を見守るしかなかった。
(作成日:2018.02.28)