第33回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「香り/匂い」
この香りは嘘
「くそっ、抜けない」
身体から香る人工的な甘い匂いに、眉をしかめる。
さきほど、シャワーを浴びはしたが全身にかぶってしまった液体のニオイをすべては洗い流せなかったみたいだ。
ことの発端は数時間前の出来事だ。
僕は、いつも通り普通に学園内を歩いていた。
『あ、最原ちゃん、あぶないっ!』
『え?』
声に導かれ視線を上げる。
――頭上から紫色の液体をその身に抱えたバケツが降ってきていた。
『はぁあああ?! ちょっと待っ』
空から降ってきたバケツを避けることができず、全身に中の液体をかぶってしまったのだ。
「もう、まだグチグチ言ってんの?
最原ちゃん、男らしくないよ!」
「元凶に言われたくないんだけど」
バケツを降らせた元凶に向き直る。
彼の表情に反省の色は一辺たりとも浮かんでいない。
「そんなに顔しかめなくたっていいじゃん。
オレ、このニオイ好きだけど?」
「そりゃ、キミはいつも好んで飲んでるからね。
……って、ちょっと」
胸元をつかまれて、王馬くんの方へ引き寄せられる。
首もとに当たる毛の感触に心臓がはねた。
「お、王馬くん」
「あはっ、最原ちゃんってば、本当にいいニオイ」
首にすり寄られて、顔に熱がのぼる。
王馬くんからも僕と同じニオイがしていた。
そのことが恥ずかしくなり、王馬くんから視線をはずしながら疑問に思っていたことをたずねる。
「……あのさ、王馬くん。
キミ、何でプァンタをバケツに入れて窓から落としたの?」
「さっきも言ったじゃん。
プァンタをがぶ飲みできるように大きな器が必要だったんだよ。
それでいざ飲もうとしたときに、うっかり落としちゃったんだって」
「……真意は?」
「最原ちゃんからプァンタの香りがするのっておいしそうだよね!」
王馬くんの返答に思わずため息をつく。
飲むためとはいえ、プァンタをバケツに入れること自体がおかしいと思っていたのだ。
まったく飲み物を無駄にするのはどうかと思う。
「にしし、最原ちゃん、少し興奮してるでしょ?
自分の身体からオレと同じニオイがするのって……最高だよね?」
「そ、そんなことない。
それに、これはプァンタのニオイで、キミの香りってわけじゃないだろ」
「……それもそうだね」
「あ……」
頬に手を当てられ、そらしていた視線を戻される。
今日かぶった液体と同じ色の瞳が僕を射貫くように見つめていた。
「じゃあ、嘘じゃないオレの香りをたーっぷり最原ちゃんにつけてあげるね」
抗議の言葉を紡ぐ前に僕の口は王馬くんに塞がれてしまった。
(作成日:2018.02.20)