第32回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「コウカイ」「○望」
最後のゲーム
潮騒が耳をくすぐり、潮風が肌にあたる。
海を滑る船のデッキに僕と王馬くんはいた。
「bet」
デッキに設置された簡易な机の上にプラスティックでできたコインが積み上げられる。
王馬くんの声に僕もカードを確認するが、……勝てる気はしなかった。
「どうしたの? 最原ちゃん。
このままだとオレの連戦連勝だよ」
地平線の向こうに半分顔を隠した太陽が、王馬くんの横顔を朱く染める。
そのやや昏い色合いが、彼の笑顔を少し不気味にうつしていた。
「まだ、次がある」
「にしし、その強情がどこまで続くかなー?
次がある、っていうけれど、次が最後じゃない?」
そう言われて手元のコインを確認する。
確かに、次で勝てなければ最後のゲームになりそうだった。
「いやー、楽しみだね!
海を一望できるスイートルームで、欲望渦巻くはじめての予感、ってね」
「そ、そうとは限らないよね」
「最原ちゃん、何言ってるの。
オレが勝てば最原ちゃんの寝る場所はオレの寝室だよ?
恋人が同じベッドに入るのに何もないと本気で思ってるの?」
「う゛っ」
(分かってるよ、そんなこと)
王馬くんと付き合いはじめて、それなりの月日が流れている。
けれど、僕たちは、まだ、その、そういうことをしたことはなかった。
だから、このゲームは、僕たちの関係を変えてしまうのではないか、と。
僕は、それが怖かった。
「王馬くんは、ゲームに勝って後悔しないの?」
「ん?」
「だって、僕、男だし」
「え?」
次のゲームに配られたカードを手に持ち、王馬くんは驚愕の表情を浮かべる。
「ちょっとちょっと最原ちゃん、それはいまさらすぎるでしょ?!
そんなの付き合う前から分かってることじゃん」
「でも、実際にその時になってダメとか言われたら」
「そんなことでオレってお預け喰らってたの?
じゃあ、このターンもオレが華麗に勝利して、最原ちゃんに希望の朝をプレゼントしてあげるね!」
王馬くんは軽やかな声で「bet」と繰り出す。
僕も手元のカードを確認した。
(あ……)
ロイヤルストレートフラッシュ。最高の役だった。
いくら王馬くんでも、これ以上の役は用意できない。
僕がこのゲームで勝てば、まだ数時間は先送りできる。
だけど――。
(信じてみたい)
本当に王馬くんが、希望の朝をプレゼントしてくれるというのならば、僕だってやぶさかではないのだ。
ちょっと心の準備はいるけれど、恋人、なのだから。
「最原ちゃん、どうする?」
「……一枚交換で」
僕は、――スペードのAを捨てた。
(作成日:2018.02.07)