上弦の月

第30回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「雪」
雪濡れのふたり

(寒い……)

おじさんの手伝いを終えて、探偵事務所の外に出ると銀世界が広がっていた。
予想以上に積もった雪を見て、これは寒くて当たり前だと納得する。

「もっとちゃんと防寒してこればよかったな」

未だに降り止まない雪を眺めながら、通い慣れた道をたどる。
コートしか羽織ってこなかった自分を少しだけ後悔した。
これならば、たとえ市松模様だろうが、王馬くんの言う通りマフラーを巻いてこればよかった。

(あれ?)

自宅が視界に入る距離になって、ふと足を止めた。
何かが家の出入口を塞いでいる気がする。

(いや、そんな、まさか)

少し遠くて詳しくは見えないけれど、雪で作った人型の像のように見える。
それもとても見覚えのある図体をしていないか?
毎日、鏡の中で見ているような……。
確かめようと近づくにつれ、見覚えのある跳ね毛が見え隠れする。

「あっ。やっほー、最原ちゃーん!」
「やっぱりキミだよね!」

雪像の後ろから姿を現した王馬くんを見て、頭を抱えた。

「どう、すごいでしょ!
 雪で作った最原ちゃん。略して“雪原ちゃん”だよ!」

そう言って、僕の家の出入り口を塞いでいる雪像を指差す。
分かっていたことだったが、それなりに僕に似ていた。

「最原ちゃんってオレより大きいから、再現するの大変だったんだからね!
 ほら、こことか凄くこだわったんだよ!」
「ふむ」

“ここ”と指差されたところは、どう見ても尻の部分だった。
そこだけ、やたら盛られている気はしたが……。
僕は地面にしゃがむと雪を両手で持った。再び立ち上がる。

「最原ちゃん?」

少し手に力を込める。
身体をひねり、片足をあげ、手をはなすと、
王馬くんに向かって雪玉を投げこんだ。

「痛っ、ちょ、最原ちゃん!
 雪合戦の開始の合図は、まだ鳴ってない、って!」
「うるさい!
 僕はそんなに尻は大きくないっ!」
「そこ?!」

間髪いれずに、雪玉を王馬くんに投げつける。
もう一度、と渾身の力をこめて足を上げ……滑った。

「あっ」

溶けた雪のせいで踏ん張ることができず、つんのめる。

「最原ちゃんっ!」

こちらに駆け寄ってくる王馬くんが見えた。

(ダメだ、王馬くんまで巻き込む)

そう思っても掴むもののない場所で、とどまる方法が分からない。
王馬くんが僕に触れた。
瞬間、倒れる方向の軌道が変わった。

「大丈夫!? 最原ちゃん」
「王馬、くん」

髪から雪を降らせながら、王馬くんが覗き込んでくる。
王馬くんが倒れる方向を変えてくれたおかげで、僕たち二人は“雪原”と呼ばれた雪像に突っ込んでいた。
雪のクッションのおかげで、どこも怪我はなく無事だ。

(本当にこういうところずるい)

変なことをしても、いざという時は頼りになったりするのだ。
腹が立ったからって、雪玉を投げつけた自分の所業が恥ずかしくなる。
だから、惚れ直したなんて……本人には言ってやらないけれど。



「あらら、雪被っちゃったから二人とも濡れちゃったね。
 ねぇねぇ、最原ちゃん、どうせならこのまま一緒にお風呂に入ろうよ!」
「…………いいよ」
「え、マジで」



(作成日:2018.01.25)

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