上弦の月

第29回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「毒」
毒ならば最後まで

「最原ちゃんって、もう存在自体が毒だよね」
「キミはいきなり何を言い出すの?」

手に持ったものの形を確認しながら、いつもの戯言を適度に流す。
これは……口か?

「だって、そうじゃない。
 オレに向かってデカ尻振ってさ。ホント目に毒だよね」
「っ!」

手に持っていたものを、床にたたきつける。
その勢いで視界を塞いでいたハチマキを勢いよくはずした。
おかめさんが描かれた紙の上に、斜めに曲がった口が乗っかっている。
吟味せずに置いたため、本来なら鼻くらいの位置に口が存在してしまっていた。

「あー、残念だね、最原ちゃん。
 さすがにその位置は口じゃないよ!」
「あのさ!」

背後から聞こえてくる声に苛立ち、思いっきり振り返る。
目隠しする前には前方にいたはずなのに、何故そこにいるのか。

「え!? 最原ちゃん、もう降参?
 まだ、口しか置いてないじゃん。
 これは目を瞑っててもオレが勝てるね!」
「目を瞑るも何も、福笑いは元から目を隠して行う遊びじゃないか」
「あ、そうだったね!」

うっかりしてたよ、と言いながら、王馬くんは僕が投げ捨てたハチマキを拾う。
そして、そのまま僕がいた位置に座り、ハチマキで自分の目を隠した。

「え、王馬くん?」
「えっと、ここかな?」

僕が斜めに置いてしまった口を持ち、正しい位置に持っていく。
次は鼻を持ち、何の迷いもなく紙の上に置いた。
その動きは、まるで見えているようで……。

「ストップ、ストップ!」
「え? なに?」

目のパーツを持った王馬くんの手を握り、進行を止める。

「王馬くん、キミ、実は見えてるんじゃない?」
「ええっ、さすがに無理がないかな?
 このハチマキは、さっきまで最原ちゃんが巻いてたんだよ?
 タネも仕掛けもないことは分かってるでしょ?」
「そ、それはそうだけど」

確かに王馬くんが使用しているハチマキは、さっきまで自分も使っていた。
だけど、……王馬くんだから信用できない。

「仕方ないなー。
 そんなに疑うなら目隠ししていいよ?」
「え?」
「最原ちゃんの手を使って、オレの目を隠していい、って言ってんの」

(目を、隠す)

王馬くんの背中から、腕をまわす。
僕の手のひらは、ハチマキの上から王馬くんの目を隠した。

(な、なんか、近い)

触れているのは手のひらだけなのに、何だか少しだけ体温があがった気がした。
悶々としながら王馬くんの手元を眺める。
しっかりと目を隠しているはずなのに、みるみるうちに福笑いが完成していった。

「なんで!?」
「もう往生際が悪いよ、最原ちゃん。
 ほーら、勝者へのご褒美ちょうだい」
「うっ」

完成した福笑いを背景に、ハチマキをはずした王馬くんが満面の笑顔で要求する。
福笑い勝負の勝者へのご褒美。
ゲームの前に王馬くんから要求されていたことは、『僕の方からキスをすること』だった。

「は・や・く」
「くっ」

王馬くんが目を瞑って待機している。
僕は覚悟を決めて、唇を重ねた。一秒もない触れるだけのキス。
初めてでもないのに、自分からするというだけで心臓が早鐘を打った。

「こ、これでいいでしょ?」
「…………」
「王馬くん?」
「やっぱり最原ちゃんは、オレにとって毒だよね」
「は?」

疑問符を頭に浮かべた瞬間、気がつけば天井をあおぐ形になっていた。
王馬くんのギラついた瞳と目が合う。
これは、まずい。

「毒を喰らわば皿まで、ってね。
 毒の最原ちゃんをかじっちゃったから、これは皿まで食べちゃわないと!」
「皿って、なに、って、ちょっと服ひっぱらないで!」

毒が回った獣に引きずり倒された獲物の鳴き声が、しばらくの間その場で響いた。



(作成日:2018.01.17)

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