第25回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「星」
両手いっぱいの星
「ほら、見て」
王馬くんが大きい身振りで空を指差した。
都会では見ることのできない満天の星空に、僕は素直に感嘆の声を漏らす。
「ここって星がすごく綺麗だよね。
そうだ! いつか最原ちゃんに両手いっぱいの星をプレゼントするね!」
「ふふっ、期待しないで待ってるね」
実現しない約束だとはわかっていても、綺麗なものをプレゼントしてくれるという言葉に心が躍る。
ふと、王馬くんの指が僕の頬に触れた。
こちらを覗き込んでくる夜を映した深い紫に、思わず目を閉じ――。
「いたた、いた、いた!」
顔中に固いものがあたる。
降ってくるつぶてのようなものを腕でガードし、霞む視界を凝らした。
寝起きで思考ははっきりしないが、こんなことをする人物の心当たりは一人しかいない。
「……朝っぱらから何なの、王馬くん」
「おそよう、最原ちゃん」
何かの袋をさかさまに持った王馬くんが見える。
観念して身を起こすと、あたりにでこぼこした小さい球体が落ちていた。
「……金平糖?」
「そうそう。
最原ちゃんへプレゼントしようと思ったんだけど、あんまりにも起きないから“えいっ!”って」
「……食べ物を粗末に扱うのはよくないよ」
床に落ちなかった金平糖を袋に戻す。
おそらく3分の1にも満たない量しか救済できなかった。
「……はぁ。で、何なの?
今日は特に約束はしてなかったと思うけど?」
「約束がないと恋人に会っちゃいけないの?
オレは毎朝だって最原ちゃんと会いたいよ」
「えっ、あ、……いけなくはないけど」
あまり多くない王馬くんの直球な言葉に、照れてしまって目線がさまよう。
「ってわけで、最原ちゃん、手、出して」
「え?」
前後のつながりがまったくない話の転換に、さまよっていた目線が王馬くんに戻った。
何か言葉を発する前に、両手を掴まれると身体の前に持っていかれる。
「ちょっと」
「えいっ!」
「っ」
王馬くんが背中に隠していた、もうひとつあった金平糖の袋を僕の手の上でひっくり返す。
みるみるうちに両手の上を金平糖が支配した。
「ほら、最原ちゃん、両手いっぱいの星だよ!」
「え?」
『両手いっぱいの星』……それは、以前した約束のひとつだった。
実現しないと思っていた約束を、まさか金平糖を星に見立てて実行してくるなんて……。
「にしし、最原ちゃんには綺麗なものが似合うよね」
たとえ本物じゃなくても、両手をいっぱいにした綺麗な星は僕の心を躍らせる。
王馬くんが星をひとつ手に取ると僕の口元に運んでくる。
僕は何も言わず、促されるままに金平糖を口に含んだ。
星はとても甘い味がした。
(作成日:2017.12.20)