第24回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「インスタント」
苦くてあまいひととき
「最原ちゃん、まずい」
「いやなら飲まなくてもいいよ」
コーヒーを手に持ったまま、王馬くんは眉をしかめる。
顔全体で美味しくないと意思表示をされ、さすがに気分が悪い。
「最原ちゃんさぁ、愛する恋人へのコーヒーだよ?
まさかお湯を入れて二分のインスタントコーヒーが出てくるとは思わないじゃん」
「いやなら飲まなくてもいいよ」
繰り返される否定の言葉に胃のあたりがムカムカする。
思わず席を立ち、王馬くんを放ってリビングを出る。
(まったく何だっていうんだよ)
『最原ちゃんが淹れたコーヒーが飲みたいなぁ』って言うから淹れたのに、全くもって不愉快だ。
……手を抜いた自覚はあるから、言葉には出さないけれど。
暗い気分のまま、僕はキッチンに入る。
机の上に放置されているインスタントコーヒーが恨めしい。
(だいたい、僕は普段コーヒーは飲まないから家にインスタントがあっただけでも朗報じゃないか。
だというのに、王馬くんは文句ばっかり)
腹いせにキッチンの棚を漁る。
紅茶の缶。緑茶のパック。スティックシュガーの束。ドリップコーヒー。
ほら、インスタント以外のコーヒーなんて――。
「……このドリップコーヒー……なに?」
棚の中から見つけたドリップコーヒーを手に取る。
まったくもって見覚えがなかった。
「淹れ方は、……載ってる」
コーヒーに精通していなくとも、問題なく淹れられそうだった。
せっかく作ったコーヒーを否定された身としては、インスタント以外を淹れて見返してやりたい。
(……よし)
フィルターを開いてドリッパーを固定する。
お湯はさきほど淹れたときのものが残っていた。
(“一気に注がずに少量のお湯をいれ、10秒くらい蒸して”……)
カシャッ
「え?」
あたりが一瞬あかるくなった。
コーヒーから顔をあげると、王馬くんがカメラを構えてこちらを見ていた。
「……何してるの?」
「見てわからない?
最原ちゃんの恥ずかしい写真を撮ってるんだよ!」
「今のタイミングで恥ずかしいものが撮れるとは思わないけれど」
王馬くんが持っていたカメラが写真を吐き出す。
今では珍しくなったポラロイドカメラだった。
「コーヒーを淹れる最原ちゃんは絵になるね。
さすがはオレの恋人」
「何を言ってるんだか」
セピア色の写真を振りながら、王馬くんは微笑む。
その笑顔を見ていると、すっかり毒気を抜かれてしまった。
僕はできあがったドリップコーヒーを、そっと渡す。
王馬くんは無言で受け取ると、そのコーヒーを口にした。
「にしし、最原ちゃんの淹れたコーヒーは美味しいね」
「……お膳立てしておいてよく言うよ」
(作成日:2017.12.14)