上弦の月

第23回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「ヒビ」
近頃の日々のお仕事

「最原ちゃん、脱がせて」
「…………」

甘えるようにしなだれかかってくる王馬くんを白い目で見る。
放り出してしまいたい気持ちをおさえつつ、僕は王馬くんを着せ替えるために重い腰をあげた。



日々の仕事のひとつに王馬くんのお世話が含まれることになったのは、つい先日の話だ。
僕はその日、探偵業のために必要な書類をカートに山盛りに乗せて運んでいた。

(ちょっと乗せすぎたな)

少し力加減を間違えれば、僕の手を離れて勝手に進んでいきそうだった。
家についたら、小分けにして運ぼう。そう、考えていたときだ。

「やっほー、最原ちゃん! 愛しの彼氏が遊びにきたぞ!」
「え?!」

唐突に現れた王馬くんに驚き、荷物を押す力加減を間違えた。

「は? ちょ、」

勢いよく転がっていったカートは、進路を逸れることなく王馬くんに激突した。

「王馬くんんんん!!!!」



幸い王馬くんの命に別状はなかった。
しかし、厄介なことに利き腕の骨に罅が入ってしまったのだ。

(全治6週間……)

あと、5週間もこんなことが続くのか……。
全面的に僕が悪いとはいえ、一から百まで大の男の世話を焼くのは骨が折れる。

「王馬くん」
「なに?」
「腕とおして」

王馬くんは服を脱ぐのには積極的なのに、着る方にはまったく協力的ではない。
子どもでもできることに時間をかけないでほしい。

(…………本当に早く着て)

目に映る白い肌が目に毒だ。
王馬くんが怪我をしてから、いわゆる夜のいろいろもご無沙汰状態なのだ。
王馬くんの肌を見るとあの腕に抱かれたときを思いだしてしまい、僕は目線をわざとそらす。

「…………最原ちゃん、どこ見てるの?
 オレのことじっくり見てくれないと服着れないよ!」
「っ……キミって本当に……はぁ……ほら、着てよ!」

強制的に視線を戻されて、僕の心臓はせわしなく動く。
僕が目線をわざと逸らせていることをわかって言ってるのだから、本当に性質が悪い。
何とか鼓動を押さえつけ、王馬くんの服のボタンを最後まで留めた。

「はぁ……」
「にしし、ありがとう、最原ちゃん。
 オレ、最原ちゃんがお世話してくれるなら、ずっと治らなくてもいいかなぁ」
「僕はキミの怪我が早く治ってくれた方が嬉しいよ」

数分で急激に疲れた僕はぶっきらぼうに返す。
そんな僕を見て、王馬くんは身を寄せてきた。

「お疲れの最原ちゃんにオレから癒しをあげよう。
 ほら、目をつむって」
「…………うん」

疲れ果てた僕は、唇に降ってくるであろう癒しを期待してそっと目を瞑った。



(作成日:2017.12.06)

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