第19回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「背中」
書きたい背中
手に持っている小説のページを繰る。
主人公たちが海の孤島に到着した。
今まさに事件が起こりそうな舞台が整ったところだったのだが……。
「王馬くん」
「なーに?」
「何やってるの?」
先ほどから背中をなぞる指に意識が逸れる。
王馬くんは数分前から僕の背中でのの字を書き続けていた。
「何ってオレの最原ちゃんへの愛を書き綴ってるんだよ」
「その“のの字”が?」
「そうそう。
何回呼んでも最原ちゃんは小説ばっかりに夢中だから愛しさあまってすねちゃったの」
のの字を書きながら背中に擦り寄ってくる。
何だか少しだけ可哀想になったが、……いや、ここで相手をするとまた小説を読む時間がなくなってしまう。
分かっているんだ。
この小説だって読み始めてから既に一週間は経っているにも関わらず事件にすら到達していないのは、王馬くんのせいといっても過言ではない。
「もう、そんなにのの字が嫌なら、ちゃーんと書くから。
オレからの最原ちゃんへの気持ち、しっかり読んでね!」
「はいはい」
王馬くんがそう言って指を動かしはじめる。
僕も軽く言ってはみたが、王馬くんが書く言葉が気になって指が示す形を読む。
(えっと、"最"、"原"、"ち"、"ゃ"、"ん"、"の"、“へ”、“ん”、“た”、……)
言葉が分かった瞬間に身体を反転させ、黙って王馬くんの頭めがけて本を振りかぶる。
しかし、振り上げた腕はあっさりと王馬くんにおさえられた。
「くっ」
「ちょっとちょっとー、あっぶないなー」
「変なこと書く王馬くんが悪い!」
さらに腕に力を込めるが腕力ではやはり勝てない。
悔しさに歯噛みする僕とは対照的に王馬くんはとてもにこやかに笑っていた。
「にしし、やっぱりこういう手法は効果的だよね。
やっと、最原ちゃんがこっち向いた」
「は? 何いって、んっ!」
ちゅっ、と王馬くんに唇を奪われる。
驚きで手から本が落ちた。
「ほーら、捕まえた」
そのまま王馬くんの腕に抱きこまれた。
不意打ちで行われた甘い刺激に頬が熱くて顔があげられない。
「最原ちゃんへのオレの気持ちは本当はこっち」
正面から回った腕が背中で移動する。
新しく形になった言葉は、僕を喜ばせるのに十分だった。
「最原ちゃん。
最原ちゃんからのオレの言葉も欲しいなー」
「う、うん」
僕も王馬くんの背中に腕を回してそっと文字を書く。
その言葉が分かった王馬くんが嬉しそうに微笑むので、僕は何だか気恥ずかしくなった。
(ああ、また読めなくなった)
王馬くんの肩に顔を伏せながら進まない小説に想いを馳せた。
(作成日:2017.11.08)