上弦の月

第197回 王最版深夜の一本勝負
お題「スカジャン」

 目の前には、見覚えのないスカジャンが広げられていた。王馬くんが持ち込んだものだ。
 刺繍が施されたスカジャンは、特に背中面がカラフルな仕上がりになっていた。

「今時これはないよねー。人選も謎だし、英語ならまだしもローマ字とかダサいしさー。リバーシブルなのが唯一の救いという感じ。あ、この最原ちゃんの顔はいいと思うよ!」
「ああ、そう」

 僕は、もう一度そのスカジャンを眺める。入間さんと王馬くんと百田くんと、僕がデカデカと刺繍されていた。
 『論破』や『偽証』の日本語が踊る中、台詞がローマ字で記載されている。こういうデザインが好きな人もいるのだろうが、僕には理解できない。

(いつの間にこんなものが作られていたんだろう)

 超高校級はそのステータスだけで人気があるのか、勝手にグッズ化が決定していることがある。今回もその類だろう。

「そういうわけで、あまりにもひどいから購買部に掛け合って、新しいデザインのスカジャンにしてもらったんだよね」
「ふーん」
「ジャジャーン」

 王馬くんが、別のスカジャンを広げる。ハートマークの中に二人の人物が刺繍されていた。
 王馬くんと、僕だ。

「は?」
「シンプル・イズ・ベストだよね! 余計な言葉もないし、メッセージ性もばっちり! 購買部の人たちも気に入ってくれて、こっちで販売してくれるってさ」
「え!? う、嘘だよね?」

 嘘だと信じたくて、王馬くんの表情を伺い見る。いつもと変わらない表情からは、何も読み取れない。

「どうしたの、最原ちゃん。このデザイン、いや?」
「いいと思える要素が皆無だと思うんだけど」
「こういうのが好きな人もいるんだよ!」
「そうかもしれないけど、……それに、僕と王馬くんは、そういうハートを使うような間柄じゃない。いくらキミが嘘を好んでいたとしても、嘘をデザインするのはよくないよ」
「へー」

 王馬くんは口の片端を歪めると、いきなり僕にスカジャンをかけてきた。
 突然の行動に戸惑っている間に、僕の身体はスカジャンを媒介して王馬くんの方に引き寄せられた。

「お、うま、くん?」
「わざわざこのデザインを作った当の本人が、嫌がると思う? 最原ちゃんは、オレがどうしてコレを作ったか、分からない?」
「それ、は」

 王馬くんの顔が近い。何だか息も聞こえてきそうで、心臓が変な音を立てる。

「僕は、」
「ま、嘘だけどね!」
「え?」

 スカジャンから手を離された。突然、突き放されて困惑する。どれが嘘なんだ?

「このスカジャンは記念に最原ちゃんにあげるよ。この後、オレ予定あるから、またね、最原ちゃん」
「え、ああ、うん」

 嵐のようにかき回して、王馬くんは去っていった。手元には、ハートマーク入りのふざけたスカジャンだけ。

「……これ、どうしたらいいんだ?」

 結局、何が嘘なのか分からなかった。スカジャンの話すべてが嘘だったのか。



 ハート入りスカジャンの対応に困る中、カラフルな刺繍のスカジャンが本当に販売されることを知るまで、あと数日。



(作成日:2020.11.08)

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