第194回 王最版深夜の一本勝負
お題「体温計」
(三十六度五分……)
持ち上げた体温計は、平熱を示していた。
顔は熱い気がするのに、僕の気持ちとは裏腹に健康体であると示し続ける。
「壊れたかな」
そう言ってみたものの、数日前に買ったばかりの体温計が壊れたとは思えなかった。
最近、身体の熱さと体温計の数値が噛み合わないことが増えてきていた。大体は、王馬くんと会った後ぐらいに発生している気がする。もしかしたら、気疲れを熱と勘違いしているのかもしれない。
そう考えていると、いきなり窓が勢いよく開いた。
「最原ちゃーん、忘れ物しちゃった!」
「来るなら玄関から入って!」
「えー、別にいいじゃん」
僕の静止の声は聞かずに、王馬くんは勝手に部屋に入ってくる。
「あれ? 最原ちゃん、風邪でもひいたの?」
「いや、熱っぽいと思ったんだけど、そうじゃなかったみたい」
「ふーん」
見咎められた体温計を机の上に置く。
そのまま視線をあげると、目の前に王馬の顔があった。
「え?」
僕の額に、王馬くんの額があたる。
近い。間違いなく近い。何が、起こってるんだ?
「うーん、額だとよく分からないなー。やっぱり熱測るなら、脇だよねー」
「なっ!」
シャツの隙間から、冷たい手が侵入してきた。
脇を目指すように、王馬くんの指が横腹を這う。
「最原ちゃん、あったかーい」
「ちょ、ちょっと、僕で暖を取らないでくれ」
「違うってば、最原ちゃんの熱を測ってるんだよ!」
王馬くんの手が、僕の脇に辿り着いた。脇に触れた指は、形を確かめるように擦っていく。
(何でこんなことになってるんだ!?)
何だか、また熱っぽくなってきた気がする。
やっぱり、この現象は王馬くんのせいなのか?
「にしし、最原ちゃんってば、顔真っ赤」
「そう……」
もうすべて、王馬くんのせいにすればいい気がしてきた。そう考えると、少しだけ安心する。
そうだ、全部王馬くんのせいだ。
そこまで考えて、まだ脇付近にある違和感に気がついた。
「……ねえ、そろそろ体温測るのやめてくれる?」
「え、なんで?」
「それは、こっちが聞きたいんだけど?」
「最原ちゃんの健康にこんなに気をつかってるのに、邪険にするなんてひどいよ!」
「な、何でそういう話になるの!?」
僕の意見は、王馬くんを素通りしていく。
そのせいで、僕はこのあと数十分、王馬くんに体温を測られ続けたのだった。
(作成日:2020.10.18)