上弦の月

第192回 王最版深夜の一本勝負
お題「遣らずの雨」

 “王馬くん”については、いつだって分からないことだらけだ。
 幾たび掬い上げようとしても、手の中から零れ落ちていく。手を伸ばして触れてみても、形を変えて崩れていく。
 だから、少しでも多くのヒントを掴みたくて、出来るだけ長く留めようと必死だった。
 提示される謎かけにも乗った。プァンタも出した。予定はできるだけ空けておいた。そこまで努力しても実りのないまま、時間だけが過ぎていく。
 隣から、勇者が倒される音がした。ゲームオーバー。

「あーあ、中ボスの癖に第四形態まであるなんてズルすぎない? まったくさー、雨まで降ってるし。終日降水確率0パーセントだって言ってたのに、天気予報はオレ並みの嘘つきだね!」
「そう、だね」

 王馬くんが、ゲームから顔をあげて外を見ている。
 興味が外にうつった時点で、今日はおしまいだった。

(王馬くんのことを知れば、もっと興味をひくものを思いつくのかな)

 空には、暗く垂れ込める雲が広がっている。
 雨脚はじょじょに強くなっているようだった。

「王馬くんは、傘持ってるの?」
「最原ちゃん、オレは悪の総統だよ? これくらいの雨なら、濡れずに走れる技術を持ってるんだよ!」
「……そう」

 もう、これ以上の言葉は紡げない。
 王馬くんが帰る支度をするのを、ただ眺める。

「じゃあ、最原ちゃん、そろそろ帰るね。最後に、オレに言うことはある?」
「えっと、またね」
「うんうん、じゃあね!」

 いつもと同じやり取りをして、王馬くんの手が取っ手にかかった。
 瞬間、轟音が響いた。

「うわっ」
「っ、今のは大きかったね」
「う、うん。近いのかな」

 雷のせいで、未だに心臓が早鐘をうっている。
 大きく息を吸って、細く吐く。うん、大丈夫。

「で、最原ちゃんは、いつまで掴んでるの?」
「え?」

 王馬くんの視線の先を追う。僕の手が、王馬くんの服をしっかりと握っていた。

「あ、いや、これは、決して、そういうのじゃなくて」
「そういうのって?」
「そういうの、は……」

 何も言葉が出なくて固まってしまった。何か、何か言わないと。

「にしし、答えは後でじっくり聞こうかな。何だか雨も激しくなってきたみたいだし、このまま外に出たらずぶ濡れになって風邪ひいちゃうからね。最原ちゃん、泊まっていっていいよね?」
「う、うん」

 予想外の展開に、頭が追いついていかなかった。でも、分かることはある。

(王馬くんと、まだ、一緒にいれるんだ)

 身体から緊張が抜けていく。僕の手の中から、王馬くんの服が引き抜かれていった。
 外を見る。僕の気持ちに反するように、窓は白く煙っていた。





「…………まったくさ、もっとちゃんと掴んでてよね、探偵さん」



(作成日:2020.10.04)

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