第191回 王最版深夜の一本勝負
お題「ハンモック」
久しぶりに恋人と会う。しかも、最終目的地は僕の部屋。これで、全く期待していなかった、と言ったら嘘になる。
だから、今、目の前にあるものを見て頭が痛くなっていた。
「じゃじゃーん、最原ちゃんのために最高級のハンモックを取り寄せたよ!」
「……何やってるんだよ」
王馬くんの示した先、確かにハンモックは存在していた。
……そう、僕のベッドの真上に。
「これだと寝るとき、困るんだけど」
「たまにはいいじゃん。オレ、最原ちゃんのために、わざわざサハラ砂漠を渡ったんだよ? それなのに、乗ってくれないなんて、」
「はぁ、分かった、乗るから」
大音声の嘘泣きの気配がしたため、咄嗟に遮る。
(仕方ない。減るものでもないし、さっさと乗って片付けてもらおう)
僕は、片足をハンモックにかける。
そのまま力を込めて、地面から足を離した。
「え? 最原ちゃん、足は」
「え?」
重心が想像の反対に移動していた。
身体が後ろに傾いでいく。
(落ちる)
支えを探して、手が宙を掻く。
何も掴むことができず、来る衝撃を予想して目を閉じた。
「っ!」
(…………あれ?)
誰かが、僕の背中を支えていた。ゆっくりと目を開く。
至近距離に王馬くんの顔があった。
「あ、ありがとう」
「にしし、どういたしまして。ほら、オレにつかまって、ゆっくりハンモックから降りて」
「う、うん」
王馬くんに抱きつくような格好で足を地面におろす。すごく、恥ずかしい。
「ハンモック初心者最原ちゃんには、乗るの難しかったかなー? 最原ちゃんはデカ尻なんだから、足から乗ったらバランス崩すの当たり前だよねー。ほら、もう一度!」
「言い方ってものがあると思うんだけど……」
どうやらハンモックは尻から乗るものらしい。
僕は、王馬くんに促されるまま、ハンモックに座る。そして、僕の隣に王馬くんが腰をおろした。
「そうそう、それでそのまま横になって」
「え、このまま?」
確かに大きなハンモックだから、横向きでも少し足がはみ出すくらいで済む。
けれど、漫画なんかで見る体勢は縦に寝転ぶものだ。
「縦は上級者向けだからねー。最原ちゃん、また落ちちゃうんじゃない?」
「落ちない」
王馬くんに揶揄われるのは癪だが、ハンモックの乗り方を知らなかったのは本当だ。
王馬くんの言う通りにそのまま寝転ぶ。それを見て、王馬くんも隣で横になった。
(……意外と揺れないんだな)
地面から浮いていて不安定なはずなのに、思いの外揺れない。王馬くんがいるからなのか、ハンモックの特性なのかは分からないけれど。
王馬くんの方に顔を向けると、目があった。瞬間、王馬くんがとてもいい笑顔を浮かべる。
「ねえ、最原ちゃん。オレ、さっき助けたお礼が欲しいなー」
「お礼? 何が欲しいの?」
「それは最原ちゃんが当ててみてよ」
そう言いながら、王馬くんが目を閉じる。その態度は、答えを言っているようなものだ。
わずかに上半身を起こす。頬に熱があがるのを感じながら、ゆっくりと、王馬くんに顔を近づけた。
二人っきりの部屋で、ハンモックがかすかに揺れた。
(作成日:2020.09.27)