上弦の月

第188回 王最版深夜の一本勝負
お題「引き金」

 放課後の教室で行われる王馬くんとのゲーム。
 普段からとんでもないことを言い出す王馬くんではあったけれど、今日は少しシャレにならなかった。

「な、に、それ」
「えー、最原ちゃんってばロシアンルーレット知らないの?」

 王馬くんが、手の中で拳銃を弄ぶ。
 夕陽を受けて光る銃身は本物のようでもあり、王馬くんが持っているというだけで嘘くさくもある。

「この銃には弾丸が一つだけ入ってる。これをそのまま頭にあてて交互に撃って、当たった方が負け。にしし、簡単でしょ?」
「そ、そういう問題じゃないだろ」
「じゃあ、オレからね」

 王馬くんは僕の動揺も気にせず、銃口をこめかみに当てる。

「ねえ、最原ちゃん」

 いつもと変わらない笑みを浮かべながら、王馬くんが僕を見る。

「最原ちゃんの心は、今もオレでいっぱいだよね?」
「っ!」

 王馬くんの指が動く。カチッ、と音がした。

「あ……」
「あはっ」

 銃身は宙を見つめたまま、空砲を吐き出した。
 王馬くんの手を掴んだ指が震える。良かったような良くなかったような、何だか複雑な気持ちだった。

「最原ちゃんってば、敵であるオレを心配しちゃった? やさしいねー」
「そ、そんなんじゃない」

 王馬くんの手をゆっくりと離す。
 乱れた気持ちを落ち着けるように深く息を吐き出していたら、目の前に先ほどの拳銃が差し出された。

「なに?」
「次は、最原ちゃんの番だよ」
「え、僕もするの?」
「もちろん、これはオレと最原ちゃんのゲームなんだから」

 王馬くんと拳銃を交互に見る。さすがに銃を手に取るのはためらってしまう。

「……最原ちゃんがやらないなら、オレがやるね」
「え?」

 黒く光る銃口が僕の額に狙いを定めていた。
 静止の声をあげる間もなく、王馬くんの指が引き金にかかったのが見える。

「っ!」

 思わず目を瞑った。カチッ、という無機質な音とともに額に衝撃を受ける。

「いった、はあ!?」

 衝撃で目を開く。目の前には、僕をバカにするようにオモチャの花が咲いていた。
 そう、銃口から花が飛び出している。要するに、オモチャの銃だ。
 さらに、その花には、『明日の主役は最原ちゃん!』と書かれた帯もぶらさがっている。何がしたいんだ?

「………………」
「どう? びっくりした?」
「まあ、うん、そうだね」

 まんまと騙されてしまった自分がにくい。

「にしし、最原ちゃんってば驚いちゃって可愛い」
「っ、ちょっと、首を狙うのやめてくれ」

 花が首をくすぐっていく。それに合わせて、背筋を未知の感覚が駆け抜けていった。その感覚が気持ち悪くて、僕は思わず花を掴む。

「ちぇっ、仕方ないな。じゃあ、今日のゲームに負けちゃった最原ちゃんは、明日もオレとゲームすること。いいよね?」
「え? 別にいいけど……明日って何かあったっけ?」

 花にぶら下がっている文字を見る。
 そういえば、僕が主役、ってあるけどどういうことだろう?

「……これは、最原ちゃんを惑わすために書いたものだよ! 何でこんなこと書いたかってのは、明日教えてあげるね!」
「うん、わかったよ」

 釈然としないながらも、とりあえず頷いておく。気になるならば、後で調べればいい話だ。
 僕は、一息つくと帰るために鞄を持った。



「ねーねー、最原ちゃん。どうせなら、今日最原ちゃんの部屋泊まっていい?」
「どうせならの意味が分からないし、寄宿舎のベッドは一つしかないよ」
「そこは大丈夫だよ。一緒のベッドで寝ればいいんだからさ!」
「王馬くんは小さいから大丈夫だと思ってるかもしれないけれど、ベッドはそんなに大きくないよ?」



(作成日:2020.09.06)

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