上弦の月

第186回 王最版深夜の一本勝負
お題「夕暮れ」

 顔に太陽の光が刺さった。どうやら、窓から西日が差し込んでいるようだ。

(まぶしい)

 資料作成の手が止まる。動きを止めた瞬間、疲れが一気に押し寄せてきた。

(もう、そんな時間?)

 時計を見上げる。針は、十二と二を指していた。

「…………」

 もう一度見る。長い針は十二を、短い針は二を指している。
 足早に窓に近寄ると、勢いよく開け放った。目の前に、よく知る人物が座っている。

「王馬くん、何やってるの?」

 ベランダには、演劇のライトに似ている機械が占拠していた。
 この機械から赤というかオレンジというか、夕暮れのような色合いの光が出ている。

「何って、今度、DICEで夕暮れ演出するから、最原ちゃんでテストしてたんだよ!
 こうやって最原ちゃんが釣れたってことは、うまくいったみたいだね! いやー、実験台になってくれてありがとう!」
「……夕暮れ演出って何するんだよ」
「えー、このオレが、探偵に情報漏らすと思う?」

 王馬くんは、勝手に部屋に入ってきてソファに陣取った。
 夕暮れ生成機械は、変わらず室内に光を提供し続けている。

「王馬くん、これ、片付けて」
「最原ちゃん、オレ、夕暮れプァンタね」
「……はぁ。そんな名前の飲み物はないよ」

 冷蔵庫に保管されている普通のプァンタを王馬くんに渡す。
 自分用にコーヒーを用意すると、王馬くんの隣に座った。

「それで、何か用事あった?」
「え? だから、最原ちゃんを実験台に…」
「あ、うん、分かった」

 王馬くんは、ここに来た理由は言わない気だ。夕暮れを試す、なんていうのは、いつもの嘘だ。

(単純に会いに来た雰囲気ではないよな。今日、何かあったか? それとも近い未来に関わる何か、か?
 でも、僕が把握できているDICEの活動は来週の、……来週、の)

 記憶を引き出そうとすると、目の前が歪む。何だかとても、眠い。

(そういえば、休憩取ったの何時だっけ?)

 今が二時で、休憩したのが十二時で、……あれ、その十二時って何時間前?

「あれ、最原ちゃん、眠いの? もう夜時間だから、いぎたない最原ちゃんはおねむの時間だもんね!」
「嘘つき」

 目を開けていられなくて、視界を閉ざす。重い頭は、近くのものにもたれかからせた。

「にしし、知らなかったの? 最原ちゃん。オレは嘘つきなんだよ」

 頭を誰かが撫でていく。ゆっくりと意識が落ちていく。

「おやすみ、最原ちゃん」



(作成日:2020.08.23)

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