第185回 王最版深夜の一本勝負
お題「屋台」
「はあああ?」
隣から、地を這うような声が聞こえてきた。
おそるおそる王馬くんを見ると、冷たい視線とかち合う。こ、こわい。
「今日、夏祭りに行くって予定が入っているの分かっていながら食べてきたの? 夏祭りなんて、食べてなんぼのイベントじゃん」
「だ、だって、食事断りづらくて」
「はあ、仕方ないなー。オレだけで食べるよ」
「ご、ごめん」
罪悪感に胸が痛む。依頼人の強い押しに負けてしまった数時間前の僕を恨んだ。
(せっかくのデートなのに)
王馬くんは不機嫌な態度を崩しもせず、屋台のある道に入っていった。何だか近寄りがたくて、僕は斜め後ろをキープしつつ、後を追う。
綿菓子屋、射的、やきそば、たまごボーロ。左右に並ぶ様々な屋台を素通りし、王馬くんは定番の店の前で立ち止まった。
「お兄さん、カキ氷ちょうだい」
「はいよ」
王馬くんがイチゴのカキ氷を手にして、一口含む。
王馬くんは、もう一度カキ氷をすくい、なぜか斜め後ろに向けて差し出してきた。
「はい、最原ちゃん、あーん」
「えっ」
「いくら食べてきたっていっても、カキ氷の一口ぐらい、食べれるよね? ほら、口開けろ」
「う、うん」
勢いに負けて口を開ける。口の中に甘くてひんやりとした味が広がる。
(カキ氷、久しぶりに食べたな)
「おっちゃん、これちょうだい!」
「まいど」
僕が味を噛みしめている最中に、王馬くんはまた新しい食べ物を買ったみたいだ。
何を買ったのか見ようと顔を上げれば、目の前に歯形のついたリンゴ飴があった。
「最原ちゃん、ほら、あーん」
「え、また?」
目の前のリンゴ飴を見る。
歯形がない部分を、と思い、顔を動かす。その動きを追うように、歯形が動いた。
「な、にを」
「なにを? 探偵さんなら、すぐ分かるんじゃない?」
リンゴ飴を見る。僕の口の位置に合わせるように、歯形がクルクル動く。これは、まさかの間接キスを強要されている?
(か、覚悟を決めろ)
僕は目を瞑ると、歯形に向かって噛みついた。リンゴの甘さが口の中に広がっていく。
(何だか、とても恥ずかしい)
気恥ずかしさに顔を伏せていると、手を取られた。
そのまま、引っ張られて歩く。今度はどこに行く気だろう。
「お姉さん、ラムネちょうだい」
次はラムネか。リンゴ飴よりはハードルが低い。
いつ来るのか、と王馬くんの方を見る。王馬くんは、さっさとラムネを開けると飲み始めていた。喉元がゆっくりと動いている。
「っはー、もうそろそろ花火みたいだね。花火にキー坊が紛れて打ち上げられるって聞いたけど、どうなったかなー」
「……キーボくんはいないと思うよ」
話しながらもラムネが消費される。既に半分はなくなっていた。いつ、来るんだ?
「……最原ちゃん、ラムネ、飲みたいの?」
「え? そうじゃないけど」
「ふーん」
王馬くんに引っ張られる。そのまま、人気のない木陰に連れ込まれた。
「え、王馬く、んんっ」
口の中で、炭酸がはじける。パチパチ、と。遠くで花火の音も聞こえはじめた。
「うっ、あっ」
王馬くんの舌が、僕の舌と絡む。今感じている味が、ラムネなのかそうじゃないのか分からなくなってきた。
しばらくして、ゆっくりとお互いの顔が離れる。屋台から漏れる明かりだけが、ぼんやりと僕らを照らし出していた。
「あはっ。ねえ、最原ちゃん。もう屋台も十分堪能したし、帰ろっか!」
「う、うん」
連れ込まれた時と同様に、王馬くんに手を引かれながら歩く。
(顔が、熱い)
もしかしたら、リンゴ飴みたいになっているかもしれない。
僕はひどい状態になっているであろう顔を見られないように、王馬くんの足元だけを見ながら歩き続けた。
(作成日:2020.08.16)