上弦の月

第183回 王最版深夜の一本勝負
お題「ラブレター」

「よーし、来週の作戦のために準備するぞー!」
「おー!」

 市松模様のストールを巻いた軍団が、天井に向かって拳を突き上げる。その様を、僕はソファに座ったまま眺めていた。
 王馬くんは、来週また変なことをするのか。
 
(まあ、変なことをするのはいつも通りではあるけれど、……何で僕ここにいるんだろう)

 家でくつろいでいたら、ベランダから侵入してきた王馬くんに拉致されたのがたぶん一時間くらい前。
 身一つで、このDICEの秘密基地とやらに連れてこられたため、本当にやることがない。

「最原ちゃん、楽しんでるー?」
「楽しむ要素は、全然ないと思うけど」
「えー、この謎に包まれた場所に興味を示さないなんて探偵としてどうなの?」

 王馬くんが、文句をいいながら僕の隣に腰を下ろす。もうため息しか出ない。

「……いつになったら、帰してくれるの?」
「オレを楽しませてくれたら、帰してあげるよ!」
「何だよ、それ」

 仕方なく、王馬くんが興味がひかれそうなものがないか考える。……ダメだ、何も思いつかない。

「総統ー。総統あてにラブレターが届いてますよー」

(え?)

 ツインテールの女の子が、王馬くんに向かって桜色のものを振りながら近づいてくる。

「はあ? ラブレター?」
「そうですよー。ほら、ハートのシールが貼ってありますし、これはラブレターに違いないですね!」

 ツインテールの子が差し出した封筒を王馬くんが受け取る。
 横から、その手紙を盗み見る。桜色の封筒には、女性のような美しい字で『DICE総統様』と書かれていた。

(本当に、王馬くん宛てのラブレター? いや、きっと、僕を動揺させるために王馬くんが用意した偽者だ。ここは秘密基地だって言ってたし、一般の人が手紙を送ってくることは難しいはず)

「最原ちゃん、気になる?」
「別に」

 何も気にならないという風に王馬くんから視線を外す。視界の外で、封筒を開ける音がした。

「ふーん」
「うわー、熱烈ですねー。総統、これは嬉しいんじゃないですか?」
「ま、悪い気はしないよね」

(反応が悪くない。ということは、相手は女性からだろう。熱烈……いったい何が……違う、これもきっと王馬くんの罠だ。僕が気にしてるって分かれば、盛大にからかいにくる)

「総統、お返事どうするんです?」
「そうだねー、どうしようかなー」

(返事、するんだ)

 胸の奥がモヤモヤする。きっと断りの返事だと思うけれど、王馬くんの反応自体は悪くない。
 万が一、受け入れる返事だった場合、王馬くんはその手紙の女性と付き合うことになるのか?

(何だか……嫌だな)

 よく分からない感情が胸の裡で渦巻く。
 晴れない気分を引きずったまま、そっと王馬くんの方を伺った。手紙の内容がわずかに見える。

(…………あれ?)

 微かに見えた手紙には、子供の描くようなイラストが見えた。クレヨンで描いた王馬くんの似顔絵?

「……それ」
「あれ? やっぱり最原ちゃん気になってるじゃん。にしし、これはオレのファンからのラブレターだよ! 嘘じゃないよ!」
「そう」

 王馬くんが、『ファン』だと言い切ったことに安堵する。付き合う、ということはなさそうだ。

「……最原ちゃん、否定しないんだね」
「え、何を?」
「ううん、なんでもない。さ、ラブレターも読み終わったことだし、最原ちゃん、オレとゲームしよ! ゲームに勝ったら、ちゃんと家に帰してあげるよ!」
「うわ、ちょっと引っ張らないで」

 王馬くんに手を引かれる。
 こうやって王馬くんに振り回されることは疲れるけれど、それでも一緒にいるのは、

(僕は、王馬くんのことがーー)

「じゃあ、ここから始めるよ」
「ちょ、ちょっと待って。ルール言ってないよね?」
「あれ、そうだっけ?」
「まったく」

 あの、ラブレターみたいに真っ直ぐに言える日は遠いかもしれないけれど、それまではこのままでいられたら、……いいな。

「というわけで、最原ちゃんから、ゲームスタート!」



(作成日:2020.08.02)

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