上弦の月

第182回 王最版深夜の一本勝負
お題「蜃気楼」

 いろいろミスをした自覚はある。
 単純な聞き取り捜査だからと一人で行動したこと、土地勘がないのに聞き取り場所を住宅地にしてしまったこと、スマートフォンを家に忘れてしまったこと。どれか一つでも違う選択肢を選んでいたら、今のこの状況にはなっていなかった。
 暑さでおぼつかない身体を近くの壁に預ける。背中から太陽の熱であぶられたコンクリートの温度が伝わってくる。

(あつい……)

 何か飲もうとペットボトルを鞄から取り出してみたが、何も入っていなかった。
 飲み干してしまったみたいだ。

(どこか、涼しいところ)

 壁に手をついて道の先を見る。店などは見当たらない。
 どこまでも続く壁。ただ、少し遠くのアスファルトに水が撒かれているのが見えた。

(打ち水でもしていたのかな。あそこまでいければ、ここよりはマシかもしれない)

 ゆっくりと水がある場所に歩を進める。
 一歩、さらに一歩。進んでいるはずなのに、水は全然近づかない。

(……あれ?)

 瞬きをする。目の中に汗が混じり、さらに風景がぼやけた。
 歪んだ視界の中、近づかない水の中に人影が見えた。今は遠くにいるはずの人物、のように見える。また、熱気が見せる幻なのだろうか。
 まだ、歩を進める。遠ざかる水に反して、人影はどんどん大きくなって……。

(あ、れ?)

「最原ちゃん、何やってんの? 汗まみれじゃん」
「え、あ、うわっ」

 頭から何かをかぶせられた。
 かぶせてきたものはタオルだったようで、王馬くんは端を使って僕の顔をこすっていく。

「いた、いたいよ、王馬くん」
「うーん? 満更でもないくせに」
「言葉選びに悪意がないかな?」

 ひととおり汗を拭われると、顔を解放された。
 暑いことに変わりはないけれど、先ほどより幾分か意識が安定している気がする。

「それにしても王馬くんはどうしてここに? 確か夏休み企画DICE世界一周とかいって先週飛び出していったよね? いつ日本に戻ってきたの?」
「最原ちゃん。オレがそんな小学生みたいなことすると思ってたの? 嘘に決まってるじゃん」

(嘘、だって……?)

 王馬くんの笑い声が癪にさわる。
 イラッとした瞬間、頭が少しふらついた。

「っ、と……」
「あらら、熱中症気味なのかな? そうだ、近くに休憩できるところあるから、そこで休もっか」

 王馬くんに手を取られ引っ張られる。太陽とは違う熱を感じて、不安だった気持ちが消えていく。
 ああ、このぬくもりがいつまでも消えなければいいな。




「ちょっと待って、ここってラブh」
「休憩所だよ? ほら、料金のところにも『休憩』って書いてあるじゃん。じゃあ、入ろうか」
「待って、心の準備が、ま、待ってってば!!」



(作成日:2020.07.26)

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