第17回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「イタズラ」
穴から覗く求愛事情
僕は上を見上げた。
透き通るような青い空が広がっている。今日も快晴だ。
下を見る。
掘り返したばかりのような柔らかい土が見える。
右を見る。土だ。
左を見る。土だ。
前後左右、土で覆われている。
……そう、ここは、落とし穴。
まるで僕を狙い撃ちしたかのように、絶妙に穴の淵に手が届かない。こんなことをするのは――。
「王馬くんんんんん!!!!」
「やっほー、最原ちゃん!!
まさかこんな古典的なイタズラに引っかかるなんて探偵としてダメなんじゃないの?」
地上から予想通り王馬くんが顔を覗かせる。
憎たらしいことにとても楽しそうだ。
「はぁ。僕が落とし穴に引っかかって満足したでしょう?
ほら、早く引き上げてよ」
「えー、いくら最原ちゃんでもタダでお願い事は聞いてあげられないなぁ。
というわけで」
王馬くんはこちらに向かって白い紙を見せてくる。
何やら書類のようだけれど少し遠くて文字が読めない。
「これにバッチリ記入してくれたら、ちゃーんと穴から出してあげるよ!
夫の欄は問題なく埋めてあるから、空いてるところを書くだけで大丈夫だからね!」
「…………は?」
“夫”とかいう単語に嫌な予感がして、目を凝らす。
……よくよく見ると紙には『婚姻届』という文字が見えた。
「……ふざけてるの?」
「ふざけてないよ!!
オレの罠にかかってゲットされちゃった最原ちゃんは大人しくオレの物になるしかないんだよ!そこんとこ分かってる!?]
「意味が分からないよ」
なぜ、穴に落ちただけで王馬くんの物にならなければいけないのか。
そもそも僕と王馬くんは恋人ですらないのに、婚姻届は色々すっ飛ばしすぎだろう。
「ほらほら早く書かないと穴から出してあげないよ?」
「……別に王馬くんの助けがなくたって、脱出方法くらい自力で見つけてみせる」
「え……」
僕は王馬くんの要求を跳ね除け、地面に目を向ける。
もしかしたら脱出に使えそうなアイテムが落ちているかもしれない。
「最原ちゃん、最原ちゃーん」
「…………あ、この釘使えないかな」
「…………はぁ、……もう、仕方ないな。
今回だけだからね!出してあげるよ!
もう最原ちゃんの分からず屋」
王馬くんは婚姻届を諦めて、こちらに向かって手を差し出してくる。
僕も地面から顔をあげて王馬くんを見つめた。
(……こんなことしなくたって、素直に“好き”って言ってくれたらいいのに)
いつだってイタズラして茶化すばかりで、王馬くんはまともに言葉をくれないのだ。
キミがもう少し素直なら僕だって……。
僕はこちらに伸ばされた手に手をそっと重ねた。
(作成日:2017.10.26)