上弦の月

第178回 王最版深夜の一本勝負
お題「両手両足と乳首」

 部屋中にガジャガジャポーンという効果音が鳴り響く。
 あまりのうるささに僕は持っている本を閉じた。変化があるならまだしも、数十分同じ音を聞かされ続けるのは耐えられない。
 僕は、音を立てるように本を置くと、諸悪の根源をにらみつける。

「ねえ、王馬くん。ゲームするのはいいけど、せめてミュートにしてくれないかな」
「え?」

 王馬くんは、呆気に取られた顔を晒す。
 数秒後、その顔は泣きそうな表情に変わった。これは、……面倒なパターンだ。

「うわああぁあん。ひどいよ、最原ちゃん! オレがこのカードDEATHマシーンにどれだけ賭けてるか知らないの!?」
「し、知らないけど」
「そんなに止めて欲しいなら、最原ちゃんがUカード出してよ! そうしたら止めてあげる」
「えー」

 王馬くんからゲーム機を渡される。
 画面内には、趣味の悪い黒白クマで彩られた機械がうつっていた。

(Uってことは、一番レアリティが高いカードか。レートは二十%あるみたいだし、五回ぐらいか?)

「そうそう、Uを出すコツは両手両足でもダメだったら乳首を使うことだよ!」
「乳首!?」
「知らないの? よく乳首でガチャ引いて、高レートのカード当たったって話題になってるじゃん。ま、心配しなくても大丈夫だよ! 最原ちゃんの運なら、乳首に到達する前にU出るって!」

 よく分からない理論だが、要するに早々にUカードを出してしまえばいいということだ。
 乳首に到達しないようにするには、五回じゃダメだ。四回でUカードを当てないといけない。

(よ、よし)

 気合を入れて、ボタンを押す。
 クマが回りカードが出て、Nが飛び出した。

「あー、最原ちゃん、残念。次は左手だね!」

 続けて、左手の指でボタンを押す。
 結果は……Sだった。

「ぐっ」
「あらら、じゃあ、次は足だね!」

 王馬くんに言われるまま、足を使ってボタンを押す。
 強く願いながら押したが、結果はN二枚だった。

「おっと、これは乳首の出番だね!
 最原ちゃん、ほら、ちっくび! ちっくび!」

(本当に乳首を使わなきゃいけないのか?)

 乳首コールに負けて、僕はゆっくりとシャツのボタンを数個はずした。
 そして、はだけた服の間にゲーム機を差し込もうとし、ーーその腕をつかまれる。

「え、なに?」
「そんなんじゃ画面見えないでしょ。本当に乳首で引いたかわかんないじゃん」
「そ、そんなことないよ。感覚で、何となくわかるし」
「いーや、無理だね。脱ぐのがイヤなら、オレが乳首の位置を確かめるのをサポートしてあげる」

 王馬くんの手が、僕の肌に触れる。じわりと熱を持ったものが鎖骨を通り、服の下に侵入しようとしてくる。
 乳首に触れられても減るものじゃない。だけど、このまま王馬くんにされるがままでいいのか? そもそも、乳首でゲーム機のボタンを押して意味が、

(……あれ?)

 気がつけば、僕は王馬くんの腕を掴んでいた。

「どうしたの、最原ちゃん?」
「……少し、考えてみたんだ。乳首って、指と違ってそれ単体では力を加えられないじゃないか。ということは、タッチパネルではないゲーム機のボタンを乳首で押すのは無理じゃないか?」
「それはやってみないと分からないんじゃない?」
「じゃあ、王馬くんがやってみせてよ」
「えっ」

 王馬くんに向かって、ゲーム機を押し返す。そのまま、王馬くんを見つめた。
 王馬くんの表情は変わらない。だけど、どこか焦っている雰囲気を感じた。

「あ、あー、そうだ。オレ、トイレ行きたかったんだ! トイレついでに乳首で回してくるよ!」
「あっ、ちょっと、卑怯だぞ!」

 いきなり腕を振り解かれて、王馬くんを逃す。
 白い影は、止める間もなくトイレの中に吸い込まれていった。扉の閉まる音が部屋に響く。

(くそっ、王馬くんが帰ってきても、絶対に乳首使ったりしないんだからな!)

 扉の向こうから、カードが排出された音が聞こえた気がした。



(作成日:2020.06.28)

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