上弦の月

第177回 王最版深夜の一本勝負
お題「逢瀬」

――怪盗DICEは、必ず現場に紙を残す。

 僕は、紙に書かれていた部屋の扉を開ける。
 目に飛び込んできたのは、月明かりを背に窓際に座る怪盗の姿だった。

「にしし、今日も正解だね、最原ちゃん」
「……『たぬき』暗号なんて、バカにしてるとしか思えないけど」
「バカにはしてないよ。前回は、いつまでたっても最原ちゃんが来なかったから難易度さげてあげただけだってば」
「べ、別に、前回のも解けなかったわけじゃなくて、刑事さんに捕まってただけで……」
「ふーん、そういうことにしてあげてもいいけど」

 王馬くんは、立ち上がると僕の前に立った。
 僕より少し低い視線。この小柄な体で、いつも何かを盗んでいく。

「じゃあ、前回来なかった分、オレにめいいっぱい奉仕してくれる?」
「どうしてそうなるんだよ。別に逢うことを約束していたわけじゃないだろ」

 そう、約束をしていたわけじゃない。
 僕が、偶然DICEの残す紙の暗号に気づいて、気まぐれに暗号を解いて王馬くんに逢っているだけだ。

「でもさー、ここに来てること誰にも言ってないんでしょ?」
「…………」
「オレと逢ってること知られたくないんでしょ? 邪魔されたくないんでしょ? たはー、オレってば愛されてるねー!」
「ち、違っ」

 否定の言葉は、口に呑まれた。
 唇を舐められて、熱い息が漏れる。

「さあ、探偵さん。お楽しみの時間を始めようか」

 怪盗の声とともに、月がカーテンの向こうに隠れた。
 ああ、また、僕は、この怪盗に奪われてしまうのか。



(作成日:2020.06.21)

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