第176回 王最版深夜の一本勝負
お題「扇風機」
王馬くんが、扇風機の前に座っている。微動だにせずに、ただそこに座っている。
僕は我関せずと小説を読み続けていたが、状況の変わらなさにさすがに気になってきた。
「ねえ、王馬くん。何で、扇風機睨んでるの?」
王馬くんからの返答はない。
相も変わらず、親の敵を見るような目で扇風機を見ている。
「……王馬くん」
「ねえ、最原ちゃん。これ、扇風機なの?」
「え? うん、間違いないけど」
青白く細長いフォルムを眺める。
母さんが気に入ったと言って買ってきた、流行りの羽なし扇風機だ。これがどうかしたのだろうか?
「……認めない」
「え?」
「羽のない扇風機なんて認めない! これじゃ、最原ちゃんとどっちの声がおかしくなるかゲームできないじゃん!!」
「待って、そんなゲームしないから!」
「扇風機ってのは、こういうの! わかる?」
王馬くんが、いきなり首にかけていたヘッドホンをこちらに向けてきた。
微かなモーター音が聞こえ、強い風が顔に当たる。
(それ、扇風機なのか!?)
風の勢いで、前髪がめくれあがる。
おでこを晒す趣味は、僕にはない。僕は、扇風機の軌道を変えようと手を伸ばす。
風のせいで、目を細めていたからだろうか。それとも、小さな扇風機に集中していたからだろうか。気がつけば、目の前に王馬くんの顔があった。
(え……?)
リップ音とともに、おでこに濡れた感触がした。キス、された?
「なっ、ちょ、ちょっと何するの!?」
「うん? そこに最原ちゃんがいたらキスするのは当然じゃない?」
「当然じゃないよ!」
おでこを押さえて、距離を取る。顔が、熱い。
「にしし。最原ちゃん、どうしたの? 顔赤いよね。オレが冷ましてあげようか?」
「……そんな小さな扇風機で、冷えるわけないだろ」
「じゃあ、やっぱり羽ありの大きいの用意するしかないね!」
王馬くんは、変わらず扇風機を僕に向けてくる。
手に当たる風は、僕の熱を冷ましてくれそうになかった。
(作成日:2020.06.14)