第175回 王最版深夜の一本勝負
お題「フレンチキス」
――王馬くんの体の七十パーセントは、嘘でできているらしい。
本人がそう言っていただけで、それが本当かは分からない。王馬くんは嘘つきだから、その割合についても嘘かもしれない。
そうだとしても、僕は王馬くんの本当の部分も知っている。手のひらのあたたかさだとか、――舌の熱さだとか。
「っ、あっ」
王馬くんの舌が、僕の舌の上を這っていく。
どんどん奥へ。舌の付け根近くにたどり着いたら、絡めるように回してくる。
(どう、したら、いいんだっけ)
キス自体ははじめてではない。だけど、こんな、深いのは初めてだった。
こうやって思案している間も、王馬くんの舌は、僕の口内を蹂躙していく。やおらに舌を吸われて、背筋に震えが走った。こんな風にされたら、どうにか、なってしまいそうだ。
どれくらいそうしていただろう。王馬くんが唇を離した時、もう僕は息も絶え絶えだった。何をするでもなく、王馬くんを眺める。
その僕の様子に気がついているのかどうなのか、王馬くんは口の端に繋がっていた銀糸を、ついと舐めとった。
「……にしし、感じちゃった?」
「そ、そんなんじゃない」
王馬くんの指が、僕の目尻をなぞっていく。どうやら、生理的な涙がわずかに滲んでいたみたいだ。
しばらくすると、僕もようやく落ち着きを取り戻してきた。ゆっくりと頭が回りだす。何だか、王馬くんに文句の一つ二つ言いたくなってきた。
「そうだ、王馬くん。さっきのキスなんだけど、確か、するのはフレンチだって言ったじゃないか。なのに、今のは、その、で、ディープキスだろ。嘘つき」
「は? ……ねえ、最原ちゃん、フレンチキスの意味、ちゃんと調べた?」
「うん? 調べてないけど」
「じゃあ、はい」
王馬くんから、スマートフォンを渡される。
促されるまま、僕はブラウザを開いて単語を検索した。
(フレンチ、キス、と。……これかな?)
『フレンチ・キスは、一方の者の舌が他方の舌に触れ、通常、口の中に入る接吻の一形式である』
「………………嘘だ!」
「残念だったね、嘘じゃないよ!」
王馬くんの手が、僕の首を撫でていく。
先ほどの濃厚なキスのせいで、それだけでも身体が反応してしまう。
「ちょ、ちょっと、やめて」
「にしし、最原ちゃん、今度はエレクトリックキスでもする? とっても刺激的だと思うんだよねー」
「なんだよ、その危なそうな名前のキスは、んっ」
文句を言う僕の唇を、再び王馬くんが塞ぐ。触れるだけの、軽いキス。
(これは多分、エレクトリックキスってヤツじゃないな)
やっぱり王馬くんは嘘つきだ。だけど、この体温は嘘じゃない。
僕は、ゆっくり目を閉じると、王馬くんの背中に腕を回した。
(作成日:2020.06.07)