第174回 王最版深夜の一本勝負
お題「鏡」
寝起きは何かと頭が回らない。ボーッとする頭を抱えて、洗面台の前に立った。鏡の中では、瞼が開ききっていない僕の顔が見える。
そんな半分寝ているような状態で、歯を磨き顔を洗う。そして、顔をあげた時、首元に鮮やかな朱が見えた。
(…………蚊にでもさされたかな)
鏡の中にある朱に触れる。
膨らんではいなし、何だか斑だ。
(……虫さされではない?
何だろう、これ。怪我でもなさそうだし、…………あ)
ひとつ心当たりを思い出して、急激に眠気が覚めてくる。
それと同時に、嫌な予感がひしひしと押し寄せてくる。
(この位置って、隠れるのか?)
制服は大丈夫かもしれないが、これから暑くなるという時期だ。
Tシャツは危険かもしれない。
「最原ちゃんてば、熱烈にキスマークなんか見つめちゃって、そんなに嬉しかったの?」
「っ!」
思わず、首元のマークを手で押さえた。
今さら隠したところで意味なんてないのに。
「いつから、いたの?」
振り返らずに、背後にいる人物に声をかける。
誰だかは分かっている。この朱をつけた張本人だ。
「にしし、いつからだと思う?」
肩から王馬くんの顔がのぞいた。
鏡越しに王馬くんと目が合う。
「それは、僕が聞いてるんだけど」
「ふーん。ま、今さっきってところじゃない?」
「何でそんな曖昧なんだよ。っ!」
足の力が一瞬抜けて、倒れそうになる。
勢いで洗面台を掴んだことで、転倒は免れた。
「ちょっと、首にキスしただけじゃん。いつもやってるのに、最原ちゃん、動揺しすぎじゃない?」
「き、キミがいきなりするから」
「じゃあ、いきなりじゃなかったらいいんだ?」
王馬くんの手が、僕を通り過ぎて目の前の鏡に触れる。
鏡の中の僕の輪郭を、王馬くんの指が、なぞっていく。
「ねえ、最原ちゃんはどこがいい?
ここ? それともここ?」
指が、僕の髪、首筋、唇の上を通っていく。
鏡に残っていく微かな白が、僕の上を辿る確かな痕跡となっていく。
「僕、は……」
「最原ちゃんが決められないなら、全部でいいよね?」
王馬くんに引っ張られて、首筋にキスをされた。
背筋が勝手に震える。
「王馬、くんっ」
王馬くんの顔を見つめる。
紫の瞳の中に、どこか期待している自分の顔が映った気がした。
(作成日:2020.05.31)