上弦の月

第173回 王最版深夜の一本勝負
お題「背中合わせ」

「それでは、二人一組になって柔軟してください。
 まずは、背中合わせで腕を組んで背筋を伸ばす運動からー」

 体育の先生が声高らかに告げた。
 二人一組。そう聞いて、僕はいつものように百田くんを探しはじめる。視線をさ迷わせていると、天海くん、真宮寺くんと話しているお目当ての人物を見つけた。

「あ、もも」
「最原ちゃーん! オレと組もう!」
「ぐはっ」

 脇腹に衝撃がきて、思わずたたらを踏む。
 見下ろすと、僕に思いっきり抱きついている王馬くんが見えた。

「王馬くん、いきなり抱きついてくるのやめてくれないかな。あと、組むっていっても、僕と王馬くんってそれなりに身長差あるよね?」
「身長差そんなに変わんないって。それに身長でいうなら、オレの身長に一番近い男子って最原ちゃんだから問題ないよ! それとも最原ちゃんは、オレにゴン太と組めっていうの?」
「そうは言わないけど……あ、でも、身長ならキーボくんの方が近いよね?」
「ロボットは、柔軟なんかしなくてもいいんだよ。……もしかして、最原ちゃんはオレと組みたくないの? そんな、オレは、こんなに最原ちゃんを想っているの、に、うわああああああああああああんっ! 酷いよー!」
「ああっ、わかったから」

 耳の近くで大音声で叫ばれて、思わず承諾してしまう。
 途端、ピタリと泣き声が止まる。

「ありがとう、最原ちゃん。これで、ぼっちにならずにすんだよー」
(……早まったかな)

 王馬くんの笑顔に不安を覚えながらも、背中合わせになって腕を組む。
 予想通り、王馬くんの身体は小さい。僕が持ち上げる分には問題ないだろうが、逆は不安だ。やはり、少し無理があるんじゃないか?

「王馬くん。やっぱり無理しなくても、うわっ」

 腕が引っ張られて、足が浮いた。

「えっ、なっ、王馬くん!?」
「にしし。最原ちゃんなんて余裕余裕」
「そ、そうみたいだね」

 基軸がしっかりしているのか、思いの外真っ直ぐ上げられて戸惑う。
 足が地面についたタイミングで、今度は僕が王馬くんを持ち上げた。

「ねー、最原ちゃん」
「うん?」
「オレが最原ちゃんと組みたかった本当の理由ってさ、最原ちゃんが他の男と触れあうのが嫌だったからなんだよねー」
「え?」

 後ろを振り返る。
 僕の位置からは、王馬くんの耳がわずかに見えただけだった。

「……それは、嘘だよね」
「さあ、どうだろうね」

 身体が持ち上がる。
 何だか、急にふわふわして考えがまとまらない。

(どういう、意味なんだろう)

 王馬くんの身体を持ち上げる。
 王馬くんの身体の温かさが、何故か今になって伝わってくる。何だろう、気恥ずかしい。

(王馬くんが言っていることは嘘だ。でも、じゃあ、何でこのタイミングで言ったんだ?
 王馬くんは何を考えてるんだ? 僕は、…………何を言ったらいいんだろう)

 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、足が地上を離れる。
 太陽が、僕の目を捕らえた。あまりの眩しさに、僕は、瞼を閉じた。



「…………王馬と終一は、いつまで柔軟やってるんだ?」
「そろそろ止めた方がいいっすかね?」



(作成日:2020.05.24)

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