上弦の月

第171回 王最版深夜の一本勝負
お題「ねらいうち」

(卒業まで、あと三日、か)

 十日間におよぶ恋愛バラエティ番組も残りわずかになっていた。
 そろそろ卒業相手を決めておかないとマズい時期でもある。

(やっぱり、王馬くん、かな)
 超高校級の総統・王馬小吉。彼の嘘に翻弄され、追いかけて、いつの間にか気になる存在にまでなっていた。
 今日もデートチケット片手に、王馬くんがいるはずの食堂付近へ出向く。

(あれ?)

 いつも立っている場所に王馬くんがいない。どこへ行ったのだろう。
 王馬くんを探して視線を彷徨わせていると、食堂前にいる天海くんと目が合った。

「王馬君なら、あっちに行きましたよ」
「あ、ありがとう」

 天海くんが指さした方――裏庭へ向かって歩き出す。
 しかし、裏庭前まで来ても、王馬くんは見当たらない。

(どこへ行ったんだろう)

「最原ちゃん、覚悟!」
「え? ぶふっ」

 振り向いた瞬間、顔に液状のものがかかった。
 水にしては、甘い匂いがする。

「王馬くん!? いったい何?」

 顔についた液体を手でぬぐいながら、王馬くんを見る。
 王馬くんは、楽しそうに笑いながら、肩に何かを担いでいた。あれは、昨日プレゼントしたエレキテンペストだ。

「この間もらったものの性能を確かめようと獲物を探してたんだよねー!
 いい的があったら、狙い撃ちにしてあげようと思って」

 そう言いながら、今度は下方向に撃ってきた。
 どことは言わないが、下半身を狙われている気がする。

(くそっ、僕に使用するなら、あげなければよかった)

 何とか急所をかわしながら、王馬くんとの距離をつめる。
 しばらくすると、飽きたのか王馬くんはエレキテンペストをおろした。

「にしし、最原ちゃん、ずぶ濡れだね」
「誰のせいだよ。それにしてもこれ何? 水にしては甘いけど」

 僕が、液体について聞くと、王馬くんは口角をあげた。
 これは、良くないことを言われる気がする。

「実は、これをかぶったものは、一番最初に見た人を好きになる、っていう液体だよ! 入間ちゃんから貰ったんだよね」
「え?」
「ほら、もうそろそろこの番組も終わりじゃない? だから、確実に一人射止めておこうと思ってね!」
「嘘、だよね?」
「どう思う? 入間ちゃんに聞いてみてもいいよ?」

 王馬くんが距離をつめてくる。

「ね、最原ちゃん。オレのこと、どう思う?」

 王馬くんの手が僕の頬に触れる。
 それだけで、胸が熱くなる。

(この胸の熱さは、液体のせい?)

 分からない。元々、僕は王馬くんのことが気にはなっていた。
 でも、王馬くんは? ここで待ち伏せて、偶然来た相手を卒業相手にするつもりだったのだろうか。誰でも、良かったのかな。
 何だか、胸が、痛い。

「王馬、くん」
「嘘だよ」
「…………は?」
「そんな液体あるわけないじゃん。最原ちゃんってば、信じちゃった? 正解は、プァンタでした!」
「なっ」
「あっ、最原ちゃんってばデートチケット持ったまま的になってたの? ありゃりゃ、濡れてクシャクシャになってるね。これじゃ渡す相手も苦笑いしか浮かばないよ。仕方ないから、そのデートチケットはオレがもらってあげるね」
「お、王馬くん!」

 僕の手にあったデートチケットが奪われる。
 展開が早すぎて、理解が追いつかない。

「というわけで、最原ちゃんはオレとデートだね。あー、でも、いくらオレがプァンタが好きだといっても、プァンタまみれの最原ちゃんと歩くのは恥ずかしいなー。仕方ない、オレの部屋でデートしよう」
「誰のせいだと思ってるんだ」

 王馬くんに引きずられるようにして歩く。
 顔をしかめながらも、僕は液体が嘘であったことに心底安堵していた。



 ――このあと、王馬くんと一緒にシャワールームに入ることになろうとは、思いもしていなかった。



(作成日:2020.05.10)

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