第170回 王最版深夜の一本勝負
お題「おうちデート」
「はい、おーわり」
読んでいた小説が宙に浮く。
その本の後ろから、王馬くんが顔をのぞかせた。
「ねえ、最原ちゃん。今、何の時間か分かってる? オレたち、おうちデート中なの。で・え・と。何で一人で本読んでるの?」
「あ、ごめん」
「もうさ、オレが最原ちゃんのために、カジノに通ってデートチケットまで用意したってのに、この仕打ちはひどいと思うんだよねー。
もっと、デートらしいことしようよー」
「僕は、デートチケット貰ってないけど、……デートらしいこと」
僕は、横目でベッドの方を見た。
……いや、僕たちにそれはまだ早い。
「ねえ、最原ちゃん」
「な、なに?」
王馬くんが、身を乗り出してくる。何だか、距離が、近い。
僕は、思わず、唾を飲み込んだ。もしかして、これは……。
「おうちデートっぽく、料理しよう」
「……え、料理?」
「そうそう、ネットでおうちデートのおすすめ調べてたら、その中に載ってたんだよねー。だから、ケーキの材料買ってきたんだよ」
王馬くんは、荷物の中からスポンジや生クリームを取り出した。
「というわけで、レッツ・クッキング!」
「えっ?」
(僕は、何をしているんだろう)
泡だて器を持って回す。それに合わせて、生クリームがぐるぐると渦を巻いた。
僕の隣では、苺のヘタを取る王馬くんがいる。普通に作業をしている姿は珍しい。だけど、何だか腑に落ちない。
(……どれくらい混ぜればいいんだろう)
パッケージには『クリームが立つぐらい』とあったが、まだまだ液体に近い。
いい加減、疲れてきた。
「最原ちゃん、順調?」
「よく分からないけど、あ、ちょっと」
王馬くんが、勝手に指をクリームに突っ込む。
そして、その指を僕の唇に擦り付け、そのままかぶりつかれた。
「う、んんー!」
王馬くんの舌が唇の上を這っていく。味を確かめるように、ゆっくりとなぞられていく。
クリームの味と相まって、その行為は、とても、甘い。
「んっ、うん、味は大丈夫だね。
でも、まだまだ泡立ってないから、これの出番かな。ジャジャーン、ハンドミキサー」
王馬くんが鞄の中から、ハンドミキサーを取り出した。
僕は、何か言い返したくて口を開け閉めするが、諦めてハンドミキサーを手に取る。
「……最初から、渡してよ」
ハンドミキサーをクリームにつっこむ。先程とは比べ物にならないほど、クリームが泡だっていく。
その速さに、何だか、いらだってきた。何で僕が、こんなことしなきゃいけないんだろう。
王馬くんはフルーツの用意が終わったからか、ニコニコした顔で僕のことを見ていた。その様子もなおさら腹が立つ。僕は、腹いせに王馬くんにキスをした。
「えっ?」
「あ、お、王馬くんの口に、く、クリームが残っていたから、そ、それだけだから」
「……にしし」
ハンドミキサーを止める。
クリームがつんと上を向いた。
(作成日:2020.05.03)