上弦の月

第169回 王最版深夜の一本勝負
お題「バーチャル背景」

 ビデオチャットをしよう、と言い出したのは王馬くんからだった。
 お互い仕事が忙しくて直接会えない、メールや電話じゃ物足りない。だから、せめて顔が見えるツールを使おう、という理由からだ。

(これでいいのかな)

 チャットルームの画面いっぱいに自分の顔だけが映る。見慣れた顔だが、なんだか不安になって髪に触れた。
 遠くにいるからこそ、あまり惨めな姿を晒したくない。軽く整え直したところで、画面が半分になった。

『最原ちゃーん、お待たせ』
「あ、王馬、く、ん?」

 画面の半分に広がる王馬くんの顔。そして、王馬くんの背後にベッドで眠る黒髪の少年の背中が見えた。
 その様子は、まるで情事後のような。

『あ』

 いきなり、王馬くんの背景が彼の研究教室に変わった。
 その場所もおかしいだろう。

「ねえ、王馬くん。さっきの、何?」
『え? 何かあった?』
「ごまかさないで。さっき、後ろにベッド映ってたよね?」
『何言ってるの。オレは、ずーっとDICEの秘密基地にいたよ?』
「ふーん」

 僕はスマートフォンで、「ビデオチャット 写真 後ろ」と検索する。

(《バーチャル背景》……ビデオチャットの背景に好きな写真を表示できる機能、か。なるほど)

 僕はまっすぐ王馬くんを見つめる。

「王馬くん、それ、バーチャル背景っていうんだね。
 さっきのベッドもそれだよね。そして、僕が一番聞きたいことなんだけど、……あのベッドに乗ってたのって僕だろ? ねえ、いつ撮ったの?」
「♪~」
「口笛で、ごまかせると思うなよ」
『総統ー、移動しますよー』
『あ、ごめんね、最原ちゃん。仕事だから、またね!』
「あ、ちょっと」

 画面が僕だけに戻り、《悪の総統が退室しました》とテロップが出る。
 逃げられてしまった。

「くそっ」

 追及しきれなかった悔しさと、少しでも顔を見て話ができた嬉しさと、終わってしまった時間の寂しさとで胸のうちがモヤモヤする。
 消化しきれない気持ちをため息として吐くと、ゆっくり目を閉じた。

(……あの写真、早く消してもらわなきゃな)

 そういえば、写真自体に気を取られていたが、なんで最初の背景があのベッドだったんだろう。
 王馬くんの反応から、もともとあの背景を使う予定ではなかったはずだ。

(……もしかして、あの写真を背景にして、誰かとビデオチャットをした?)

 ひとつの可能性に顔から血の気が引いていく。
 王馬くんなら、「最原ちゃんならオレのベッドで寝てるけど?」みたいなこと、やりそうだ。

(そんな、まさか。いや、王馬くんなら……)

 僕は、真実を知るために、王馬くんの番号を呼び出すと何回も電話をかけ続けた。



(作成日:2020.04.26)

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