上弦の月

第168回 王最版深夜の一本勝負
お題「コインランドリー」

 洗濯乾燥機に汚れたシーツをつっこむ。
 コインを入れてボタンを押すと、洗濯機が回り始めた。

「はぁ」

 緊張していた身体から力を抜く。

(良かった、誰にも気付かれなかった)

 知り合いに会うことだけを懸念していたが、無事に誰とも会わなかった。これで一息つける。
 僕は、スマホを取り出すと家電量販店の通販サイトを開いた。待ち時間の間に、壊れた洗濯機の代わりを物色するためだ。性能と価格を見比べ、ひとつひとつチェックしていく。

(やっぱり乾燥機つきだよな。色は、無難にグレーか……)

「えー、紫とか市松模様とかないの?」
「紫はまだしも市松模様があるわけないだろ」

 反射的に返してから、思考を一旦中断した。なぜ、ここにいる?
 おそるおそる振り返ると、そこには予想通りの人物が立っていた。

「王馬、くん」
「やっほー、最原ちゃん。最原ちゃん家に行ったらいなかったから探しちゃったよー」
「ごめん、ちょっと洗濯機が壊れちゃったから」
「ああ、一昨日のプレイ激しかったもんねー」
「っ、それと洗濯機の故障は関係ないと思う。買ってから五年経ってるし、きっと劣化してたんだよ」
「ふーん」

 王馬くんがニヤニヤしながら僕を見つめる。この顔は、ろくでもないことを言い出す時の顔だ。
 警戒心を解かずに、次の言葉を待つ。

「そうだ、最原ちゃん。一昨日、洗濯機に手をついて激しいプレイをしたことが壊れた原因だって認めたら、洗濯機代、半分出してあげるよ」
「え」
「だって、それが原因で壊れたなら、半分はオレの責任じゃん。お金出すのは当然でしょ。それで、最原ちゃん。結局、洗濯機が壊れた理由、何?」

 僕は思わず唾を飲む。王馬くんが代金の半分を出してくれるならば、いい洗濯機が買える。
 だけど、そのためには、一昨日の恥辱を思い出さなければいけない。

(どうする、どうする、どうする)

 思考がぐるぐる回る。
 僕の頭の回転に合わせるように、洗濯機も激しい音を立てていた。

「最原ちゃん、答えは?」
「っ、洗濯機が、壊れた理由は……」

 意識の遠くの方で、終了ブザーが鳴っている気がした。



(作成日:2020.04.19)

< NOVELへ戻る

上弦の月