上弦の月

第164回 王最版深夜の一本勝負
お題「裏ルート」

 週末は、自室でゆるりと小説を読む。それが、僕の習慣だ。今日もソファーに座って、読みかけの本を広げる。
 その僕に、もたれかかってゲームをする人物がいた。

「ねえ、最原ちゃん」
「なに?」
「先週、何の日だったか知ってる?」

 本から顔をあげずに、頭の中にカレンダーを思い描く。
 今日が三月二十一日だから、先週は十四日だ。

(何かあったっけ)

「……ホワイトデー、って知らない?」
「ホワイト、デー」

 その単語を聞いて、とっさにと一ヶ月と少し前の出来事を思い出した。
 そう、時はバレンタイン。

『えー、最原ちゃんってば、今日何にも用意してないの? 仕方ないなー、じゃあ、来月楽しみにしてるね!
 本来なら、総統からのプレゼントの返礼は三百倍返しを要求するところだけど、最原ちゃんだから一倍返しでいいよ!』

 小説を繰る手が止まった。
 じわりと、掌に汗がにじむ。

(しまったぁっ!)

 完全に忘れていた。忘れていたのだから、もちろん何も用意なんてしていない。
 そっと横目で王馬くんを確認する。王馬くんは、まだゲームの方に顔を向けていた。

(単純に『忘れてた』なんて言ったら、後が怖い。何とかして角を立てないようにしないと。
 そうだ、王馬くんのことを考えすぎて決められなかった、という風に持っていけば……!)

「王馬くん」

 僕の呼びかけに応えて、王馬くんがこちらを向いた。僕は彼の瞳を真っ直ぐ見る。
 大丈夫だ。覚悟を決めろ。

(この嘘を、真実に!)

「先週、何も言わなかったのはゴメン。王馬くんに喜んでもらえるものを……って、考えてたんだけど、これだってものを決められなかったんだ。
 だから、そのままずるずると今日まで来てしまって……そうだ、王馬くんは何が欲しい? 僕にできることなら、できる限り用意するから」
「…………にしし。殊勝な心がけだね!」
「え?」

 王馬くんの腕が僕の腰にまわった。

「な、なに?」
「遅れた分、利子つけて返してくれるってことだよね。
 いやー、楽しみだなー。どんなことしてもらおうかなー」
「な、何を考えてるの?」

 王馬くんから距離を取ろうとしたが、腰にまわった腕はびくとも動かない。

「えー、最原ちゃんとの五十三回目の初夜についてかなー」
「その単語、もう矛盾しているじゃないか!」

 王馬くんの力に抗うことが出来ず、ずるずると二人でソファーに倒れこむ。これは、もう、逃げられない。
 嗚呼、僕は、入ってはいけないルートに、入ってしまったみたいだ。



(作成日:2020.03.22)

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