上弦の月

第163回 王最版深夜の一本勝負
お題「自慢」

 きっかけは、些細なことだった。小さな小さな齟齬から、歯車が狂ったのだ。
 だから、その喧嘩も、売り言葉に買い言葉のレベルだった。



「そんなこと言うけど、キミは本当に僕のことが好きなの?」
「は? 何でそこ疑うんだよ」
「だって、いつだってキミは嘘ばっかりじゃないか。いくら考えても正解は教えてくれないし、もうキミの言うことなんて信じられないよ。
 本当だっていうなら、何か証明できるのものあるのかよ」
「……ちょっと待ってて」

 王馬くんは、表情を消すと自室へ入っていった。
 リビングで一人になると、途端に頭が冷えてくる。

(……言い過ぎた)

 本当かどうか不安になることは確かにあるけれど、王馬くんの気持ち自体を疑っているわけじゃない。今のは、本当に勢いで言ってしまった感じが強かった。
 どう謝ろうか頭を抱えていると、自室から王馬くんが戻ってきた。

「あ、王馬くん」
「ほら、これ」
「うん?」

 王馬くんから、おそらくバッグだと思われるものを渡される。
 そのバッグは外側がビニール付きのもので、中にたくさんの缶バッジがつけられていた。

「なに、これ」
「何って、オレの最原ちゃんへの愛の形じゃん」

 もう一度、バッグを見る。
 どこで発売されているのか、王馬くんと僕の缶バッジが大量に並んでいた。

「すごいでしょ。もう最原ちゃんのアイテムって高レートだから、集めるのちょっと大変だったんだから」
「ちょっと待って」
「特にこのクレープのとか速攻売り切れちゃって、さがすの大変だったんだよねー」
「ちょっと待って」
「ま、でも、ここまで集めたのも、オレが最原ちゃんガチ勢だったからに他ならないわけで。
 これに匹敵するもの持ってるのなんて、オレと同じぐらいの本物だけだよ」
「王馬くん、これ……使ってるの?」

 バッグをゆっくりと机に置き、おそるおそる聞いてみる。

「オレのお気に入りだから、みんなに自慢するときしか持ってってないかなー。
 でも、最原ちゃんがオレの愛を疑うっていうなら、使わざるを得ないよねー。これ持ってるだけで、オレがどれだけ最原ちゃんに本気か分かるし」
「っ! 分かった、キミの愛を疑って悪かったよ」

 これを持って歩くなんて、そんなのただの辱めじゃないか! それは断固阻止する。
 そう思いつつ、ふと気になった。

(ちょっと待って、自慢する時は持ってってる、って何?)

 疑問が胸のうちでぐるぐる回る。
 思考に入る直前、王馬くんに腕を引っ張られた。

「な、なに」
「ほら、オレの愛を疑ったんだから、最原ちゃんから仲直りのチューして」
「なっ! っ、わ、分かったよ」

 最初に言いすぎたと思った手前、素直に王馬くんにキスをした。
 何だか少し誤魔化された気もするけれど、僕だって王馬くんのことが、……好きだったりするんだ。



(作成日:2020.03.15)

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